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藝術に愛を添えて0. 零

D'sun

1996年 千葉県出身

14歳で Human Beatbox に興味を持ち、独学でスキルを磨き、プレイヤーとしての活動を始める。
そこから Hiphop の魅力...

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冬の夜。
今宵、およそひと月ぶりの雨が
窓の外で心地良い音を奏でている。

珈琲の湯気と煙草の煙が
視界を霞ませて、僕は僕の内側へ
すんなりと没入していく。

ここで選んだ 没入 という言葉は
ある友人が使っていて、その響きを気に入って
以来、僕の語彙にもそれが刻まれた。

彼は都市のディストピアを美しく写す、
あまりに多才な男で適当な肩書きが浮かばないが
謂わば表現者だろうか。

僕らは去年の梅雨が明けるか明けぬかの
狭間に出会い、藝術や哲学について語り明かした。

こうした文章の書き出しに 『はじめに』 と
前置きして筆者の生い立ちや、作品と自らを
紐付けるのに必要な情報を丁寧に書いておくべき
なのかもしれないが、生憎、そのような通例と化した作法を
なぞるのが億劫なので省きたい。

無理に紐付ける必要は無いと考えている。
あるいは十分だろう。このように怠惰で、変なナルシズムに
満ち満ちた文章から、筆者である僕の性質を察することは
ここまでを嫌悪せず読むことの出来た読者と、嫌悪しながらも
読んで下さった読者には容易であろう。

しかし、これから僕は藝術について言葉を紡いで
話しを進めていこうとしているのだから少なくとも
この藝術という、あまりに広大な概念の中で、
僕自身がどんなものに触れているのかは
述べておく必要があるだろう。

音楽である。
僕は日頃、音楽をつくっている。
主に Jazzy hiphop と分類されるのだろうか、
そのような音楽を手がけている。

自分で音をつくり、詩を綴って、
音の上に言葉を乗せていく。

故に僕は僕の作品を
音楽でありながら、それは文学でもあり、
そこには自分自身の哲学も孕んでいると
捉えている。

こうした文体で言葉を扱うにあたって、
なんとなく勝手に縦書きを想定していたのだが
掲載する媒体のシステム上、このように横書きに
なっているものの、 Jazzy hiphop なんていう文面上の
「 響き 」 や、これから展開する話の文化的な「 広さ 」を
鑑みるに、かえって良かったように思える。

果たして、ここまでを読んで
筆者と共に、これから言の葉の旅に出ることを
決めた読者の方々はどのくらいだろうか。

さて、それでは。

そろそろ旅立ちとしよう。

この話の主題となっているように、藝術に愛を添えて。

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