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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)1. 母(2)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
まずはこちらで連載開始し、いずれここ...

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 暗闇の中でどんどん音が強くなる。そして突然、それが玄関のチャイム音だと認識して慌てて目をこじ開けるがそれは思うようには開かない。だるいし眠い。できればまだそのまま寝ていたかった。しかし玄関のチャイムは鳴っている。
「母さん、誰か来たみたいだよ…。」
 言いかけて途中で止めた。今でも特にこの寝起きのタイミングで、まだ母がいるような錯覚に囚われることが多い。そしていつも瞬間的に現実に引き戻される。
 ピンポーン、ピンポン。
 玄関のチャイムが繰り返し押されている。きっと父はまだ寝ているだろう。起きていたとしても出てくるはずがない。重い身体を強引に起こし、自分の部屋を出て階段を降り玄関に向かった。途中通るリビングがいつになく明るい。玄関脇に数段ある階段の上に見上げる中2階の和室の襖が開いていて、その向こうの東南方向を向いた窓から光が差し込んでいた。
「あれ? 親父?」
 思いながらとりあえず玄関を開ける。薫がニヤニヤしながら立っていた。
「おはよう。やっぱり寝てると思ってたよ。」
 言われるまでもなくまさしく寝起きだ。その状態を全身で表現している僕は、そこで左側の髪の毛が立ち上がっているのに気がついた。
「お邪魔しま〜す。」
 既に彼女にとっては勝手知ったる自分の家。一応「お邪魔します」等と言ってはいるが、実際靴を脱いで上がるまでが速い。気がつけば既にリビングの奥、真新しい仏壇の前に座っていた。なにも言わずろうそくに火を灯し線香をあげ手を合わせる。僕はその後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
「お父さんは?」
 そういえば父がいつも酔っ払って寝ている和室の襖が開いていたことを思い出した。階段を登らなくともほぼ目線の高さで見渡すことのできる和室には、きちんと畳まれた布団があるだけで当の父はいない。和室に入り、その和室の窓から見下ろせるガレージを見下ろすとそこにも車はなかった。
「…仕事に行ったのかも?」
考えるが手がかりはなく、とりあえず父宛にLINEを送ることにした。その間薫はキッチンでごそごそとなにかをしている。そしてやがてコポコポという小さな音とともにコーヒーの香りが漂ってきた。
「朝ご飯まだでしょ。作ってきたよ。」
 言いながら大きめの弁当箱を開ける。中にはサンドイッチが詰め込まれていた。
 サンドイッチを頬張りながら、どこから片付けようかと話した。途中思い出話になりながら、いちいち少し涙ぐむ薫はその度に話を中断しつつも、なにか無理にでも状況を前に進めようとしているようでもあった。そして決まった最初の場所がここ。僕も滅多に入ったことのないこの家の最上階にあるロフト。そこは母のものがまとめて置かれている場所でもあった。
「ここ、お母さんの場所だったんだねぇ…。」
 薫が母のマンガをまとめながら言う。僕は別のコーナーにあるカラーボックスに収められたアルバムを引き出してはいちいち中を開いて見ていた。まだ若い父と母。服装が当時の感じでダサい。こちらは結婚式の様子か。確かグアムで式を挙げたって言ってたっけ。そんなことを思いながらついついゆっくりとページをめくっていく。
「そんなんじゃ片付かないでしょ!」
 薫が得意の姉さん口調で言う。
「ったくいつもそうなんだから…でも、お母さん、かわいいね。」
 そう言いながら結局自分も一緒にアルバムを見始めた。
「こっちもアルバムかな。」
 言いながら次のやや小さな一冊を薫が引き出した。同時に、その奥から一緒に引き出され床にひらりと落ちた一枚の紙。それは写真だった。それを僕が拾い上げる。
「あれ?」
「なに?」
 僕の声に薫が反応する。
「いや…。」
「なに?」
「う〜ん…。」
「だからなにって。」
 段々薫の口調が強くなる。
「いや…この写真見たことないなって…。」
 アルバムにきちんと収録されず、恐らくアルバムとアルバムの奥に差し込まれていたであろうその写真。そこには見たことのない男の人が一人、写っていた。そしてその人にはまったく見覚えがない。
「誰だろこれ。」
 僕の声に薫が覗き込む。
「男の人だね。」
 黒いニット帽にメガネ。全身黒の出で立ちで右手には一眼レフカメラを持っている。そしてこちらに向かって満面の笑みで笑っていた。背景は屋外。それがどこなのかまでは分からない。
「知らない人だな。」
「お母さんの昔の彼とか?」
 薫がややいたずら口調で言う。確かにそうかもしれない。母が父と結婚したのは確か23歳。それ以前に別の彼がいてもおかしくはない。でも確か3年くらいはつきあってから結婚したって言ってなかったっけ?…とすると父以前の彼がいたとしても母は20歳そこそこ。それにしてはその写真の男は歳が行きすぎているように思えた。
「この人、いくつくらいに見える?」
 薫にも聞いてみる。言われてしばらく写真を凝視していた薫は、やはりそのギャップに気づいたように少し戸惑いながら言った。
「30か…ひょっとしたら35くらいかも…。」
 薫の言葉に、自分の頭によぎった疑問を口にしてみる。
「親父の前につきあってた彼にしては歳が行きすぎてるよね…。」
 それに薫は比較的即座に答える。
「叔父さんとか?」
「いや、親戚にこんな人いないよ。」
「会社の先輩とか?」
 それはあるかもしれない。しかしだとすれば、そんな人の写真をなぜ母はずっと持っていたのだろう。
「憧れの人で、告白できずにいたとか。」
 薫がまたいたずらな顔をしている。まぁ確かにそういうこともあったのかもしれないが…少なくとも自分が知っている母からはそんな母の姿を想像することができなかった。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母(1)
1. 母(2)
1. 母(3)
1. 母(4)
1. 母(5)
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父
5. 薫
6. 里奈

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