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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)1. 母(3)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
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「ただいま。」
 夜もかなり遅くなった時間、父が帰ってきた。
「おかえり、飯は?」
「あぁ…、まだだよ。」
 靴を脱ぎながら父は顔をこちらに向けることもせずに応える。昼間送ったLINEには結局返事がなかったが、服装から見て仕事に行ったらしいことは分かった。
「薫が作ってくれた飯があるけど、食べる?」
 薫は結局日が落ちるまであれこれと手伝い、その後あり合わせの材料で夕食まで作ってくれた。そして二人でそれを食べると、彼女は遅くなる前に帰宅した。薫はちゃんと父の分まで用意してくれた。
「あぁ、薫ちゃん来てたのか。うん…ありがと。食べるよ。」
 父は話ながら2階に上がっていく。僕は薫が用意してくれた父の分の夕食を電子レンジに入れた。
「母さんのもの…片付けたのか。」
 いつものスエットのそでをもぞもぞと直しながら父は階段を降りてくる。父としてはできるだけさりげなく言ったのだろう。しかし言葉には明らかに寂しさが乗っているのが分かった。
「結局全然終わらなかったけどね…。薫が手伝ってくれても全然終わらなかったよ。」
「そんなこと言って、二人でよくないことでもしてたんじゃないのか。」
 父が久しぶりに冗談めいたことを言った。僕もそれが少しうれしくて、少しだけ笑った。久しぶりに素面の父は、母が亡くなる前の、とても真面目そうな父だった。
 テレビをつける。見ながら食事に箸をつける。もともとあまり口数の多くない父だからその間ほとんど会話はない。こんな時、母の存在の大きさを改めて思い出す。この家を明るくしていたのは母だったのだ。
「そういえば今日さ…。」
 少しその沈黙に居づらさを感じて話すことはないかと探した僕はついそう口走った。「うん?」と表情だけで反応する父。
「今日、お袋の物の中から見たことない写真を見つけたんだよね。」
 もう一度表情だけで反応する父。僕は立ち上がって、キッチンのカウンターの隅に伏せて置いておいたその写真を手に取り父に見せた。
「知らない男の人。親父、知ってる人?」
 それまで一定のペースで食事を口に運んでいた父の箸が止まる。しばらくじっと、僕の手にあるその写真を見ていた。そして視線をテレビにもどしながら言った。
「これ、母さんの荷物から出てきたのか。」
「うん…。アルバムとアルバムの間の奥の方から、ピラっと一枚だけ出てきた。」
 僕が言うと父は小さくため息をついて一言だけ、言った。
「そうか…。」
 言うとみるみる父の大きめの瞳が赤くなっていくのが分かった。心なしかこめかみもやや赤くなっている。視線は再びテレビを凝視しているが、その横顔は明らかにそれまでの父とは違う。僕はなにも言えずただその横顔を見ていることしかできない。すると、父は急に立ち上がった。
「ごちそうさま。薫ちゃんにお礼言っといてくれ。とってもおいしかったけど残してごめんて。」
 言うと父は足早にいつもの和室へと入ると襖を閉めた。あとにはただテレビの音だけが残った。僕はその写真をもう一度眺めながら、さっきの父の表情の意味を考えていた。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母(1)
1. 母(2)
1. 母(3)
1. 母(4)
1. 母(5)
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父
5. 薫

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