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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)2. 黒い人(1)

スピナート文芸部

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 イヤフォンで音楽を聞いていた。誰もいない教室の窓からは、グランドで部活に励む我が校の弱小野球部の姿が小さく見える。その様子を眺めるでもなく、僕はただ席に座り、窓枠に頭を持たれかけたまま、音楽を聞いていた。
 聞いていたのはもちろんあのアルバムだ。沢井賢司。謎のミュージシャン。激しいドラムと歪んだギターの上で、やや細いがちょっとヴィブラートが大きい声が叫んでいる。もう何度目だろう、気になってついつい聞く。聞いたからといって謎が解けるわけではない。しかしつい聞いてしまっていた。
「パシ!」
 いきなり後頭部にけっこう強い痛みが走る。反射的に振り向く。そしてそこには予想通り薫がいた。口をパクパクさせている。僕は片耳だけ、イヤフォンを外した。
「…ったく、音ダダ漏れ。迷惑だよ。どんだけ大音量で聞いてるの!」
 相変わらず母のようなことを言う。それに、どうせ誰もいないのだからいいじゃないか。
「…あの人の曲?」
 僕はただうなずいて見せる。彼女は前の席に後ろ向きで座りながら言葉を続ける。
「あれからなにか分かった?」
 僕は低く、Facebookから得た情報を伝える。
「そっか…、ホントに近所に住んでるんだね。今までもすれ違ったりしてたりして…。」
 僕は続けてあの晩の親父の反応を伝える。それに対して彼女は応えないまま黙った。少しの間、彼女も窓の外を眺めた。僕はシャカシャカと高音部だけが漏れていた音を止めようとiPhoneを操作する。そしてまた彼女を見る。
「ねぇ…。」
 今度の彼女の声はやや低い。
「その人、ミュージシャンなんだよね。」
 言いながらちょっと思案している様子だ。
「じゃあ、ライブとかもやってるよね。」
 言いながらこちらを見た彼女の目に向かってうなずく。それを確認して彼女は言葉を続ける。
「次の予定とかって書いてなかったかな…。」
 そう言えばそんなことはまったく考えていなかった。だから分からないと答える。
「もしさ…次のライブがあったら、見に行ってみない?…ちょっと見てみて。」
 彼女は少し性急に確認を促す。僕はまた彼のページを見た。次のライブ情報はまだ記載されていなかった。それまで月に3回から4回くらいのペースで、必ずどこかでやっていたライブは、一ヶ月前の、例の、近所の公園を最後に途絶えている。いや、その後の投稿自体がない。
「う〜ん…残念。」
 自分の思いつきが早くも崩れたことに彼女はやや不満げだ。そんな彼女の様子を見ながら僕は、その一ヶ月前がちょうど、母の亡くなった頃と同時期であることになにかの意味があるように思えてしまう。この人は母の死を知っていたのかもしれない。だとすると、つい最近までつながりはあったことになる。確かに、この人と母はFacebookでつながっていた。だから連絡を取り合うことはできたはずなのだ。そういえばメッセージも確認してみればよかったと今さら思い出した。
「ねぇねぇ、今から公園行ってみない?」
 彼女は言うと僕の答を待つこともなく立ち上がった。それを見て僕は慌てて荷物を鞄に詰め込み始める。なにかを思いついたらすぐに行動する彼女に僕はすっかり飼い慣らされている。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人(1)
2. 黒い人(2)
2. 黒い人(3)
2. 黒い人(4)
3. 叔母
4. 父
5. 薫
6. 里奈

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