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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)2. 黒い人(2)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
まずはこちらで連載開始し、いずれここ...

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「ここだよね。」
 公園の中央、大きめの池に架かる橋の上。その少し対岸寄りに設けられた少し広いスペースが、沢井賢司のライブ写真にあった場所だ。周囲には何人かの人影。オレンジの夕焼けが水面に反射して眩しい。
「耕平、そこにこっち向いて立ってみて。」
 iPhoneを操作しながら薫が言う。言われるがままそこに立つ。彼女がやりたいことはもちろん察しがついている。
「う〜ん…間違いないねぇ。ここだよ。」
 沢井賢司のウェブサイトでも開いたのだろう。それと見比べながら言う。そんな見比べなくたって、来た瞬間にここだということは分かっているが彼女としてはどうしてもそうしたかったのだろうと思った。
「で、場所が分かったからって、これからどうする?」
 水面からの照り返しがあまりに眩しくてどうしてもしかめ面になる。もちろん彼女もその先は考えていなかったらしく、僕の言葉に目をそらし夕焼けを眺める風を装った。
「…とりあえず…、帰りますか。」
 ようやく言った彼女の答え。やはりノーアイディアだということだ。もちろん僕にも異存はなく、そのまま彼女の家の方向へ歩き出した。僕は一応、送っていこうと考えている。
 2歩ほど歩いて、彼女がついてきていない気配に気づく。だから振り向いた。彼女は橋から左斜め45度方向、池の向こうに見える遊歩道の方を見たまま静止している。だから僕もその方向を見た。美しい並木に囲まれたその道は、並木がオレンジに照られてさらに美しく、道自体は並木によって太陽が遮られ少し暗い。彼女はこの風景を見ている。
「薫、行くよ。」
 彼女は返事をしない。そしてまだ少しそちらを見てから、急にこちらに走り寄った。
「ねぇねぇ、あれ。」
 彼女がその並木の方を指さす。しかしその風景の中のなにを指さしているのか分からない。
「あれだよ。あそこのほら、今向こうから2つ目のベンチの前。」
 慌ててそのポイントを見ると、そこに一人の人が向こうに向かって歩いているのが見える。黒い服装。そして次の瞬間、その雰囲気が沢井賢司の写真に似ていることに気づいた。
「あ…。」
 しかし確証はない。だからすぐには動かなかった。
「似てるよね。」
 彼女も確証があるということではないらしい。だから確認している。
「確かに…。」
「ちょっと行ってみよう。」
 僕の答えに積極的になった彼女はすぐに行動を起こす。
 その場所は池越しに見えるとはいえそこそこ離れていた。池が分断して直接そこに行ける道がない。だから僕たちは大きく迂回するように対岸に渡り、そのままその並木を目指す。もちろん小走りだ。しかし気づかれても困るからあまり大っぴらに走ってはいない。とはいえ見失っては困る。実際、対岸に渡ってからはもう直接相手を視認することができない。相手の歩いていた速度を想像しつつ、恐らくあのあたりに居るという程度の感覚でとにかくその場所へ急いだ。
 黒い人はなかなか見つからない。少なくとも想像していた並木道の延長にあたる場所には居なかった。もっと先まで行ったのかもしれない。そのまま少し先まで行ってみる。焦りからかさっきよりかなり本気に近い走りだ。
「…どこかで曲がったのかもよ!」
 息を弾ませながら彼女が後ろから言う。確かに、ただ歩いていたとしたらこれよりも先まで進むということは考えにくい。あの歩いている雰囲気から考えれば、あの時点からいきなり走ったりするということも考えにくい。脇道に入れるとすれば途中に2ヶ所。2ヶ所とも公園から出て坂を上り、隣接する住宅街の中に入っていくための道だ。道の幅は車1台が通れるくらいの細い道。その道につながる公園の入口がやや鬱蒼とした茂みに覆われているので、地元の人以外はその道に入ることが少ない。2本のうちどちらだろう。2本とも同じ住宅街に入っているが、場所はやや離れ、公園を中心に放射状になっている。だから向かう方向もやや異なる。
「手分けしよう。」
 言いながら振り向くと、既にかなりしんどそうな彼女は、右手でOKサインだけを返した。
「俺、先の方の道行くね。薫は手前よろしく。もし見つけたら電話ね!」
 走り出しながら大きな声で言って、目の端にもう一度OKサインを出す彼女を確認しながら、今度はかなり全力モードにシフトアップする。持っている鞄が煩わしい。
 並木から小道に曲がる。公園出口の茂みを左肘でブロックして突き抜ける。その先の短いが急な坂を一気に登る。そこで一旦止まった。完全に息が上がっている。肩で息をしながら前、右を交互に見た。そう、そこは住宅街。道は縦横に入り、その道に区切られた区画に、一軒家やアパートがびっしりと建ち、直線前方の道が緩やかに左カーブするその頂点までしか見通しが効かない。
 黒い人の姿はなかった。直進したのか、右の道へ入ったのか、それともその先の十字路を左右どちらかに曲がったのか、さらにその先の十字路なのかまったく見当がつかない。少し呼吸を取りもどしたものの正直途方に暮れる。しかし、時間がたてば立つほど相手は遠ざかる。ここはヤマ勘。とりあえず直進だ。
 また走り出す。次の十字路で一度止まり左右の道を確認する。姿はない。そしてまた走り出す。次の十字路でも、その次の、さらに次の十字路でも左右の道に姿はない。そうしている間に、その先に車の往来が見えてくる。この街を上下に挟むように走る幹線道路だ。徒歩の速度であそこまで行ったとは考えられない。
「どこか曲がったか…。」
 完全に上がった息を両膝についた手で押さえ込みながら一人つぶやいた。後ろを振り返る。途中確認した左右の道に人影はなかった。あるとすれば、その曲がった先にもある十字路を鍵の字型に曲がっていった可能性だ。しかしどこの道を曲がったのか、どちらに曲がったのかは分からない。正直一旦途方に暮れるが、次の瞬間考えが浮かぶ。
「鍵の字だろうがなんだろうが、公園から遠ざかったのは間違いない…。」
 つまり、原則として十字路の重なりでできているこの住宅地では、どう歩こうと、遠ざかろうとすれば今僕が居るところから一番近い脇道に出る。問題は左か右かだけだ。それも、その人が歩いていた方向を考えれば、もし左に折れたいのだとすれば、公園からもっと手前の脇道に入るはずだ。つまり、今自分が居るところから左側のエリアに居る可能性の方が高い。
「よし!」
 もう一度気合いを入れ、一番近い十字路に向かって走り出す。そこで、ポケットのiPhoneがヴァイブレーションしたことに気づいた。勢いをつけた速度を急に止めて、それでも歩くことを止めないままポケットからiPhoneを取り出す。ディスプレイには「薫」の文字があった。
「もしもし。」
 耳から彼女の荒い息づかいが聞こえる。彼女も相当息が上がっている。
「…い…いないよ…。」
 彼女の声は息も絶え絶えだ。
「…そ…そっちは?」
 こちらもまったく見失ったことを伝える。そして今彼女が居る場所を聞いた。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人(1)
2. 黒い人(2)
2. 黒い人(3)
2. 黒い人(4)
3. 叔母
4. 父
5. 薫

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