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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)2. 黒い人(3)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
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 薫に落ち合えたのはそれから既に15分は過ぎていた。辺りはもう暗くなってきている。路地の街灯が薄く点き始めていた。息が苦しい。
「あ…薫…お疲れ。」
 彼女は道の電柱の脇にたたずんでいる。もう息は充分におさまったという雰囲気だ。状況を聞く。どうやら彼女も、公園を出てから一度もその姿を見ることがなかったらしい。
「探す場所、間違えたかなぁ…。」
 言いながら彼女は歩き出す。公園の方角だ。彼女の家はその向こう側にある。
「見失ったのは公園の中にいる時…。」
 僕は口に出しながら、頭の中で追いかけた状況を整理しようとしていた。どう考えても、その黒い人が公園の並木道を直進したとは思えない。それは、あのままの速度で歩いていれば容易に追いつけるはずの速度で追いかけたにも関わらず発見できなかったことが示している。つまりこの住宅街には入ったはずなのだ。考えられるとすれば、自分たちがその先まで進んでいる間にこの住宅地に入った黒い人は、その後いくつかの十字路を曲がって進み、自分たちがそれぞれの道に入った時にはもう見えない位置に居たという可能性だ。彼女が進んだ道は手前。その分タイムラグが少ない。彼女が言うとおりかなりの速度で追いかけたとすれば、途中でその姿くらいは見えそうなものだ。ということはタイムラグが大きくなった自分が進んだ方の道の方により高い可能性がある。
「いずれにしてもあの住宅地の近くに居るってことだな。」
「でもさ…、それがあの沢井って人かどうかまではまだ分からないよね。」
 僕がぶつぶつ言うのを聞いていた彼女が言う。その通りだ。遠目にはよく似た雰囲気に思えたが、それは服装が似ていたというレベルに過ぎない。実のところ、全身が写っているわけでもない写真で見ただけの沢井賢司に対して実体感もなく、当然だが、遠目に見たその人が彼だという確証はないに等しかった。
「せめて顔くらい見たかったよねぇ〜。」
 歩みは遅い。どちらかというとブラブラ歩いているような雰囲気だ。そのリズムに合わせて彼女は両手をちょっと伸ばしながら言う。
「そだ、いっそのことさ、メッセージとか送っちゃえば? Facebookで。」
「はぁ?」
 思わずちょっと変な声になった。
「だって、Facebookで相手の特定はできてるんだからさ、連絡してみちゃったらいいじゃない。」
「あのな…。」
 そのあまりに突飛に思える発想に対してつい説教口調になる。
「相手はこっちのことなんて全然知らないんだぞ。なんつってメッセージするんだよ。怪しまれるだけだろ。」
 僕の言葉に彼女はあからさまに不満げな顔をする。
「そんなのなんだっていいじゃん。相手はミュージシャンなんだからさぁ、実はファンなんですとかでもいいじゃん。意外と乗ってくるかもよ。」
「つったってさぁ…、Facebookだろ? こっちだって本名だぜ? すぐお袋の息子だってバレちゃうじゃんかよ。」
「ふ〜ん…。」
 僕の言葉にはある程度説得力を感じてくれたらしい。不満げな表情は消えなかったが、彼女はそれ以上反論せずそのまま黙って同じペースで歩いた。やがて彼女のアパートの前に着く。全体に白基調に青い装飾がオシャレなこのアパートに彼女は家族と住んでいる。
「じゃ…。」
 僕が言いかけると彼女がくるりとこちらを振り向いた。
「じゃあ、私が出したらいいんじゃん?」
「はぁ?」
「じゃあね!」
 呆気にとられている僕をそのままに、彼女はまたくるりと向きを変えると、足早に通路をアパートの奥へ向かって消えていった。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人(1)
2. 黒い人(2)
2. 黒い人(3)
2. 黒い人(4)
3. 叔母
4. 父
5. 薫

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