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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)3. 叔母(1)

スピナート文芸部

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 すっかり春めいた柔らかい日差しが気持ちのよいその休日。僕たちはお寺の本堂でお経を聞いていた。母の四十九日だ。父方の祖父、祖母、母方の祖父、祖母、そして叔母とその旦那さん、さらには叔母の娘2人も来ていた。僕はその最前列で、父と一緒に目を閉じ頭を下げていた。
 さすがに父はもう泣きはしなかった。僕も、その儀式が母と関係するもののようにも思えず、ただ淡々と、しかしいちいち次にどうすればいいのか分からないことに戸惑いつつも、段取りをそつなく無事こなすことだけを考えていた。
「今日はみなさん、お忙しいところありがとうございました。ささやかですが、お召し上がりください。」
 お寺でのスケジュールが終わってから移動した小綺麗な和食屋の座敷で父が挨拶する。みんなよく知った親族なのに、妙によそよそしい挨拶なのがおかしい。また、固い雰囲気なのはそこまでで、父のその言葉をきっかけにするように、全員の雰囲気がいきなり緩むのがあからさまなのもおかしい。
 隣に座っていた叔母が声をかけてくれる。
「耕ちゃん、その後大丈夫? ご飯とか、ちゃんと食べてる?」
 叔母は母の妹だ。部分的には母に似ている。特に声や話し方はそっくりだ。
「なんなら、美結か美久に住み込ませて世話させようか?」
 美結、美久は叔母の娘2人。上の美結が僕の2つ年上。下の美久は僕の1つ年下だ。
「お母さん、また訳の分かんないこと言わないでよ。」
 自分の名前に反応した美久が少し離れた席から声を投げかけてくる。言った叔母自身は少し首をすくめながらニヤニヤしている。この叔母はこんな風にいつも、母なら言わないようなきつ目冗談を言っては、返答に困る僕や父を見て笑っていた。
「耕平くんだって、けっこうかわいい彼女いるんだから。」
 今度は美結だ。言われて僕はさらに焦る。余計なことを…。
「へぇ〜、耕ちゃん彼女いるの〜。じゃあ大丈夫よねぇ〜。」
 叔母の茶化し口調がさらに激しくなる。僕はもうなんと答えたらいいか分からない。
 いつの間にか美結と美久が叔母のすぐ向こう側に移動してきていた。そして3人でうれしそうに話している。話題は当然薫のことだ。薫のことを根掘り葉掘り聞く叔母に、美結がいちいち答えている。美結とは一度だけ、街でばったり逢った時に紹介したことがある。
「自分だって彼氏連れてたくせに…。」
 こちらをチラチラ見ながら得意げに話す美結が憎らしい。しかし、その日美結が彼といたことは固く口止めされていたから僕としては反撃ができない。こちらもちゃんと口止めしておけばよかった等といらぬ後悔をするのが関の山だった。
 その時ふと思った。叔母ならなにか知っているかもしれない。母と叔母は仲のいい姉妹で、いつもなにかと連絡を取り合っていたからだ。しかしここでは切り出しにくい。すぐ隣のテーブルには父がいて、その周りには祖父や祖母もいる。どんなに小声で話したとしてもその気配は感じられてしまうだろう。しかし聞いてみたい衝動を抑えることができなかった。
「叔母さん。」
 少し低い声でかけた声に叔母はそれまでの高いテンションを改めて反応する。僕はテーブルの下にiPhoneを用意し、例の沢井賢司の写真を開いていた。
「?」
 叔母は一瞬こちらを見てすぐに気づき、その画面に目を落とす。
「この人、知ってる?」
 次の瞬間叔母は素早くこちらを見ると同じ速度で父を確認しまたすぐこちらに視線をもどした。同時に僕も父を確認しすぐに叔母に視線をもどす。幸い父は叔父となにやら話している。既にお酒もかなり進んでいるようだ。その姿に少し安堵する。しかし僕のその動作で叔母はなにか悟ったような目になった。そして低い声で言った。
「後でにしよ。」
 言うと僕のiPhoneを少し押して早くそれを隠せというような意図を伝える。そうされなくとも、叔母の向こうから覗き込もうとした美久が視界に入った僕は素早くホームボタンを押した。
「あ…なんかコソコソしてる〜。」
 美久も大きな声では言わない。笑ってはいるがなにかを察している雰囲気だ。その向こうで美結がちらりと目を向け、すぐに外して料理を取り始めた。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母(1)
3. 叔母(2)
3. 叔母(3)
4. 父
5. 薫
6. 里奈

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