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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)3. 叔母(2)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
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「この間の写真、もう一度見せて。」
 母の四十九日から2週間ほどたった日曜日、僕は叔母と街のカフェで逢うことになった。席に着くなり叔母はそう言った。僕はiPhoneを取り出し写真を表示する。叔母はそれを手に取り少し長めに眺める。
「それでこの写真、どうしたの?」
 iPhoneを僕に返しながら叔母はそう聞いた。僕はその写真を見つけた経緯を正直に話す。叔母は視線を落として一口コーヒーに口をつける。
「お父さんは知ってるの?」
 話を聞きたいのは僕の方だったのに叔母は矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。僕はすっかりそのペースに飲み込まれ、その気後れした雰囲気をそのままに、父にその写真を見せた時の反応を説明した。瞬間叔母が小さくため息をついたのが分かる。
「なるほどね…。」
 それだけ言うと叔母は黙って、今度は小さなベージュ色のバッグからタバコを取り出し火を点けた。僕はその様子を眺めていたが、ちょっと間が持たなくなって声をかける。
「あの…。」
「耕作さん、知ってたのかもねぇ…。」
 僕の声に半ば被せるように叔母が言う。耕作とは父の名前だ。しかし叔母の言っている意味が分からない。だから僕の顔に「?」マークが浮かぶ。叔母はまた少し黙って、吸っているタバコを最後まで吸ってから、消した。細い煙がフェイドアウトしていく。
「叔母さん?」
「とにかく…。」
 たまらず聞いた僕の声に叔母はまた言葉を被せる。
「とにかく耕ちゃんには関係ないことだから大丈夫。」
「別にいいでしょこんな写真、どうだって…。」
 叔母は言葉をつなげた。特に2つ目の言葉には強さと、ちょっと吐き捨てる感じがあった。言われて僕もどう返したらいいか分からず少し考える。しかし、どう考えてもどうでもいいとは思えない。だから食い下がった。
「でも叔母さん、お袋がこんな写真を持ってたってことや、これを見た親父の反応とか、そんな…どうでもいいとか言われても気になっちゃいますよ! 知ってるんですか? この人どういう人なんですか?」
 叔母の目は明らかに「困ったわね」と言っている。そしてまた、もう一本のタバコを取り出し、口にくわえようとして、やめた。
「あのね耕ちゃん。」
 その声には明らかに諭すようなトーンが入っている。
「耕ちゃんが子供だなんて思わないけど、でもね、そんなになんでもかんでも知ろうとしなくていいのよ。美香のことだって、耕ちゃんが知らないこといっぱいあるはずでしょ。それにもう美香もいないんだし、いいことにしようよ。」
「耕ちゃんが納得できないのは分かるけど…そうねぇ…じゃあこれは叔母さんのお願い。このことは忘れてあげて。ね。」
 叔母の言葉の間、僕がまったく納得していない気配を充分に感じているのだろう。継いだ言葉はもうお願いに変わっていた。そう言われるとなかなか切り返せない。モヤモヤした気持ちはまったくそのままに、僕はまた黙った。叔母はそのタイミングを見計らっていたかのようにまたコーヒーを飲み、タバコに火を点ける。
「耕ちゃん…。」
 黙ったままやや下に視線を固定していた僕に、叔母は柔らかく声をかけた。僕は、その声にどう答えていいのか分からない。間違いなくきっとなにかがある。それは恐らく、父にとっては本当によくないことなのだろう。だから叔母はそれを僕に知らせない方がいいと思っている。そこまでは理解した。しかしだからといって僕はそれを忘れられるだろうか。このモヤモヤを捨て去ることができるだろうか。知ってすっきりしてしまいたい気持ちと、知ってはいけないという気持ち。さらには、知ることでその先にもっとモヤモヤしたことがあるような予感の中で、僕はゆらゆらと行ったり来たりしていた。どうしたら解決できるのかが分からない。知らなければよかった。しかし見つけてしまったし父の反応も見てしまった。その上、その相手がどんな人なのかも、断片的だがもう知ってしまっている。そこに色濃く被る自分の知らない母の姿。もう後戻りができない。
「叔母さん。」
「ん?」
 叔母はあえてそうしているのか、ことさら笑顔を作って反応した。しかし僕は、声をかけた時点でいきなり気持ちが座っている。
「もし叔父さんが死んだとして…。」
 言いかけてこの例えが正しいのかどうか迷う。しかし他にもっといい例えが思いつかない。
「叔父さんが死んだとして、その残した物の中から知らない女の人の写真が出てきたら…気にならない?」
 ちらりと見た叔母の表情がみるみる曇るのが分かる。そして考えている。いや、迷っているのかもしれない。
「気に…なるわね。」
「そしたら、その人のこと知りたいと思わない?」
「…なるわね。」
 叔母の表情にさっきの曇りはもうない。むしろ少し笑みを浮かべている。いや、「しょうがないわねぇ」とでも言いたげな顔、というのが正しいかもしれない。
「だったら、忘れろって言われても…。」
「分かったわ。」
 叔母はまた言葉を被せて言う。そして同時に小さなため息をついた。
「分かったわ。そうよね。こんな感じでなんでもないって言われても、信じられないわよね。叔母さんが悪かった。ごめんね。」
 叔母はそこまで一気にすらすらと話すと次にまた言葉を切った。そしてこう続けた。
「でもね…。う〜ん…でも、叔母さんも、耕ちゃんに伝えていいことなのか、伝えるとしたらどう伝えればいいのか、正直分からないのよ。これも分かってくれる?」
「でも!」
 今後は僕が言葉を被せた。
「…でも…、知りたいんです。」


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母(1)
3. 叔母(2)
3. 叔母(3)
4. 父

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