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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)4. 父(3)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
まずはこちらで連載開始し、いずれここ...

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「耕平、どうしたの?」
 放課後、僕は例の公園にいた。授業が終わって、薫になにも言わずそのままなんとなくここに向かった僕は、もう独りきりで1時間はここに居る。例の橋の上で、最初はただまわりを眺めていたが、やがてiPhoneを取り出し、ずっとその画面に釘付けになっていた。
 そこに彼女が来た。ちらりと彼女を見て、なにも応えずまた画面を見る。しかしその一瞬に彼女の怖い目に気づき、また慌て気味に彼女に視線を戻した。彼女の表情には明らかな不満が滲み出している。
「なんで一人で帰っちゃったのよ。LINEに返事もくれないし。」
 確かに彼女から何度もLINEが来ていたのは気づいていた。しかし僕は開いてもいない。見なくとも内容は分かったし、それに正直どうしていいか分からなかった。
「ねぇねぇ…。」
「ここでなにしてたの?」
「あの沢井って人が通らないかなぁとか思ってたの?」
 彼女は僕の反応を見ながら小分けにしつつ言葉を投げかけてくる。そして視線が僕の手元に落ちた。
「ひょっとして…ずっと見てるの?」
 画面が見えたのだろう。その画面は沢井賢司のFacebookだった。尋ねられて素直にそれを認めることに強い抵抗を感じる。だから画面を閉じてiPhoneをポケットにしまい込んだ。
「そんなしまわなくてもいいじゃん。怒ったの?」
 彼女は声の調子に抗議の色を濃くしながら目の前の石に座った。僕は彼女から目をそらし、そのまま彼女を見ることもなく音だけでそれを察している。
「ねぇねぇ…ずっと気になってるの?」
「最近おかしいよ?」
 彼女はさらに言葉を投げかけてくる。しかし僕は返答しない。いや、それを否定したい気持ちは強いが、正直言えば、父の言った言葉が引っかかっているし、また、その意味をどう解釈すべきか答えが出ないままにいる。だからこれを彼女にどう説明すればいいのかが分からない。まさか、と思う自分がいることを否定できないが、もちろんそれまでそんな可能性は考えてもみなかったことだ。だからそれは現実感をまったく伴っていないし、どことなく遠いことのようにも感じる。さらに言えば当然、そんなことがあるはずがないという気持ちの方が強い。そもそも、これまで育ってきた17年間の実体感の方がはるかに強いし、その間そんなことを予感させるような雰囲気は微塵もなかったのだから、きっと、自分の考えすぎなのだろうと思う気持ちの方がどうしても強くなる。しかし自分の中に芽生えてしまった疑念を拭い去ることもできない。
「いい加減にしなさいよ、うじうじと!」
 彼女の強い言葉に弾かれたように彼女を見る。彼女の目線が前にも増して怖くなっている。まっすぐこちらを見ている。僕は小さく一つだけ咳払いしまた目をそらそうとした。ふと一瞬あたりに目をやる。彼女の強い声に、公園にいる他の人たちが少し反応したように思えた。だから僕は、また彼女に目線をもどし彼女に声のトーンを落とさせようとする。
「あのね、耕平が気になって仕方がないのは私だって分かるよ。でもね、なにか考えてるなら言ってよちゃんと! そうでなきゃ助けることもできないでしょ!」
 僕が言う前に彼女はさらに大きな声を上げる。それを合図にするように、周囲のヒソヒソ声が聞こえ始めたように感じる。
「ねぇ!」
 たまらず僕は立ち上がり、彼女の上腕をつかんで引っ張った。とにかく別の場所に移動しよう。ここでこのまま話しているのはいたたまれない。
「なによ。」
 移動したのは橋を渡りきった先にあるベンチ。さっきの場所から距離的にはそう離れていないが、それでも随分と気分が違う。
「いや…だから…。」
 移動したはいいがどう話していいかすぐに思いつかない。だから僕の言葉は歯切れが悪いものになる。それが彼女にさらに別のスイッチを入れた。
「あのね、耕平…。」
 言葉を抑えた母親モードだ。こうなった時の彼女に下手な言い訳はなにも通用しない。
「さっきも言ったけどね、耕平の気持ち、分かるよ。でもね、お願いだから全部話して欲しいの。少なくとも私に話せないことはないでしょ?」
 母親モードの時の典型パターン。以前僕はこれを「諭し技」と名付けた。こういう口調を使う時の彼女は本当に母に似ていると思う。そしてその技術は、その辺の先生たちより数段上だ。
「ねぇ耕平…分かるでしょ? 私は耕平に協力したいの。そして早く、耕平やお父さんに、元に戻って欲しいの。」
 僕が口ごもっている間、彼女の言葉は続く。
 キンコーン、カンコーン…。
 公園に時間を知らせるチャイムが鳴る。夕方6時になったということだ。僕も彼女もそれに反応する。その瞬間、彼女の言葉にわずかな隙ができた。ここしかチャンスはない。
「ごめん薫。ちょっとだけ待って。少しだけ考えたいから。」
 言うと僕は彼女を置いて足早に公園を後にした。彼女も一瞬遅れて僕を追おうとするが、僕の速い速度に追いかけるのを諦めたことが気配で分かる。途中、悟られないように気をつけながら一瞬振り向くと、そこにはまだ、立ち止まったままこちらを見ている彼女がいた。僕は一瞬速度を緩めたが、また速度を上げてその場を離れた。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父(1)
4. 父(2)
4. 父(3)
5. 薫

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