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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)5. 薫(3)

スピナート文芸部

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 その後しばらくの間、薫とはまったく口をきかなかった。登校も別。学校でも話さない。放課後もいつの間にか先に、彼女は帰ってしまっていた。LINEしようと何度もiPhoneを取り出すが、なんて送ればいいのかいい言葉が思いつかない。クラスの奴らはそんな状態を夫婦喧嘩だと言って冷やかしたが、しばらくすると本当に深刻な状態だと感じたのか、誰も冷やかさなくなった。
「男と女の喧嘩はね、男が先に謝っちまえばすむんだよ。」
 お節介にも斎藤がわざわざ言いに来た。斎藤は1年の時には学級委員長を務め、例の文化祭の時の実行委員として僕に写真撮影を命じた奴だ。この男、成績優秀かつ優等生のくせに不思議と口だけは悪ぶっているところがあって、だから不思議と人気があった。
「まぁ、どんなことがあったのかは知らないけどさ、な、悪いことは言わないからとりあえず謝っちまった方がいいって。」
 目の前の席に座って偉そうに言うこいつを僕はじろりと睨んだ。なんにも知らないくせによく言う。そもそも自分は偉そうに他人に恋愛指南できる立場か? 彼女いない歴何年だっけ? 睨みながら視線にいろいろな思いを乗せてぶつける。それに気づいたのか斎藤はすぐに立ち上がるとブツブツ言いながら遠ざかって行った。
「おお怖ぇ…マジかよ…ったく…だいたい大抵は男が悪いって統計の話だろうが…人が心配してやってるのに…。」
 分かってるんだ。彼女にはなにも悪いことはない。彼女は一生懸命考えて、いろいろなことをやってくれていた。悪いのは僕だ。僕がはっきりしないから悪い。それもこれも、すべては父のあの言葉から始まっている。それまでは単に、母が好きになった人が見てみたいという好奇心が中心だったのだ。自分が知らない母。その母が好きになった人。叔母から話を聞いてそれが確定したことで、父が傷ついていたのは充分分かっていたにも関わらず、僕は自分の欲求を優先していたのだ。
 しかし父の言葉からそれが一変した。父がその事実を知っていたということ。母が本当に愛したのが父ではなく沢井賢司だということ。そして父が最後に言った言葉。きっと恐らく、僕が父の子ではないということを言っていたのだろう…という考えは、日に日に強くなっていた。
 ここでようやく気がついた。これをきちんと彼女に話せば良かったのだ。これまでだって、話せばなにか彼女なりの考えを返してくれていたではないか。むしろもっと頼りにするべきだったのだと、本当に今さら、気づいた。
 iPhoneを取り出す。LINEを立ち上げる。文章を打とうとして少し考える。
「まずはちゃんと謝らなきゃな…。」
 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、文字を入力し始めた。
「ごめん、薫。」
 そこでまた指が止まる。そしてまたいろいろと入力してみるが、その内容が言い訳じみていると感じて削除した。結局、
「ごめん、薫。全部きちんと話したい。今日の放課後、公園で逢えないかな。」
とだけ送った。送ってから、ちょっと謝罪の表現が少なかったかもと思ってみたりして少しドキドキする。
 返事が返ってきたのは5時限目と6時限目の間の休み時間。いつもすぐに返事が返ってくる彼女にしてはかなり遅い。そして内容も「わかった。」と一言だけだった。
 ラインを確認し、少し離れた席の彼女に目をやる。そう、LINEでやり取りしなくとも彼女はすぐそこに居る。そして、僕が見ているのを知ってか知らずか、彼女はなにもなかったように立ち上がり、するりと教室を出て行った。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父
5. 薫(1)
5. 薫(2)
5. 薫(3)

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