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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)5. 薫(4)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
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 僕が公園に着くと既に薫はそこに居た。僕が公園に入ったことは彼女も気づいて、遠目だが確実にこちらを見たことが分かる。反射的に僕は彼女に小さく手を振るが、彼女はそのまま目を伏せた。僕は恐る恐る近づいていく。そして彼女の前に立った。最初になんて声をかけるべきか迷う。だから少し沈黙が流れた。
 彼女は顔を伏せて僕を見ないようにしていたが、僕が目の前に立ったのになにも言わなかったからだろう、上目遣いにちらりとこちらうかがい見た。僕はその視線に気づいて焦る。なにか言わなければ。
「あ…あの…。」
 頑張って絞り出す。
「あの…ごめん。」
 彼女はまたこちらをちらりと見た。
「えと…いろいろ考えてね…。で…、薫はいろいろ考えてくれてたのに、悪かったなって…思って…だからごめん。」
「いいよ。」
 つかえながらなんとか言った僕の言葉の末尾に重ねて彼女は、ややきっぱりと言った。
「もういいよ。」
 彼女の表情に小さく笑みが浮かんでいる。少しホッとするが、この場合、いきなり素直にそういう表情をしていいものかどうか迷い、結果やや複雑な表情になった。それに対し彼女の笑みが少し大きくなる。今度は逆に、なにか馬鹿にされたような気持ちになるが、今日の情勢でそれはおくびにも出せない。
「で、どんな話?」
 彼女が先を促す。その語調にはもう、ここ数日の重い雰囲気はない。わざとそうしてくれていることは充分分かるが、その切り替えの早さが少し鼻につく。しかしそれも気取られてはならない。だから少し深め呼吸を整えた。そしてさらに一呼吸置いて、父との話をできるだけ正確に伝えようと、話し始めた。
 僕の話が終わるまで彼女は一切口を挟まなかった。その間一切僕の目を見ず、やや伏せた状態のまま、時折うなずいていた。そして僕が、ちゃんと話せたかどうか甚だ自信が持てないまま話すことをやめた時、彼女は一言だけこう言った。その時の目線はちゃんと僕を見ている。それはドキッとするほど真面目な表情だ。
「耕平はさ…知りたい?」
 その言葉にあの日曜日のことが思い出される。しかしその問いの重さはあの日の比ではない。それは彼女の視線が物語っている。彼女は僕の話の重大さを充分に理解していると思えた。そしてそれを知ろうとすることは、この間彼女が言っていたようにハッピーエンドではない結末を迎える可能性も充分に秘めている。これも、この間彼女が言っていた時点よりもはるかに現実味を帯びて重い。彼女の問いは、僕にそれを受け止めてなお、本当にその事実を知る覚悟があるかということを聞いている。少なくとも僕にはそう思えた。これはいい加減には答えられない。だから僕は、ことさら彼女の目をしっかりと見てから、我ながらちょっと芝居がかっていると思えるほどゆっくりと、そしてしっかりと頷いて見せた。
 彼女はそんな僕を確認すると、目線を外して池の水面に目をやりながら小さくため息をついた。そしてまた僕に視線を戻すと不意にニヤリと笑みを浮かべた。
「これはマジにならないとね。」
 その、明らかに芝居がかった言い回しに少し拍子抜けする。なぜならそれは、かなり前に一世を風靡した国民的アイドルのドラマの台詞にそっくりだったからだ。だから僕は少し戯けてこう返した。
「ま…マジすか!」


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父
5. 薫(1)
5. 薫(2)
5. 薫(3)
5. 薫(4)

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