2021/04/27
アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
まずはこちらで連載開始し、いずれここ...
「沢井さん? リアラーシュタインの?」
壁から床まですべて黒いそのフロアの掃除をしていたその人は、やや横柄な態度で向井に対して応えている。僕と薫はその会話を耳で聞きながら、初めて入るそのライブハウスという空間をきょろきょろと見回していた。フロア片隅に一段、膝くらいの高さで高くなっているところがステージのようだ。そこにはドラムが置かれ、その両脇にはかなり大きな黒い箱がいくつか重ねられている。よく見るとそれは中にスピーカーが入っているようだった。天井には照明が所狭しと吊されている。しかし正直言うとちょっとちゃちい。壁もステージも、どことなく張りぼての作り物のように見える。壁一面の黒も、所々傷んで後ろ側の素材が少し見えていたりしていた。そして想像していたよりも狭い。
「ここにはもう随分顔出してないけど、そう言えば引っ越したんじゃなかったっけ?…村本さんが言ってたよ。」
「村本さんって…リアラーシュタインのドラムだった?」
向井がすぐに反応する。僕たちはその「引っ越し」という単語に反応する。
「もう引っ越しちゃったんですか? それっていつ頃?」
薫が割って入る。それに店員さんはやや驚いた顔を見せつつも、あくまで聞いた話だからよくは知らないと答えた。
「どこへ引っ越したか知ってますか?」
重ねて僕が聞く。店員さんは少し考えるそぶりを見せた。
「俺も直接聞いたんじゃないんだけど、確か、軽井沢…いや清里?…伊豆だったかも? まぁ、なんかそういうところだって言ってたよ。」
「どこそれ?」
里奈が言いながらすかさずiPhoneを取り出して検索を開始する。
「東京じゃないじゃん。」
「そこ?」
「ホントに知らなかったの?」
思わず全員がそれに突っ込む。
軽井沢、清里、伊豆…いずれにしても遠い。そもそもそこに居た誰もが行ったことのない場所だ。一気に途方に暮れる。しかも情報は極めて曖昧だった。
「ねぇねぇ、もしさ、沢井さんに逢うことがあったらさ、またこっち出てよって言ってたって伝えてよ。」
そんな声を背に聞きながら、地上に出る階段を昇る足は重い。
「じゃあ俺ここで。」
外へ出たところで向井と別れる。その姿を見送りながら、頭の中はこれからどうしたらいいのかすっかり白紙になってしまっていた。
「ねぇねぇ、これからどうするの?」
里奈ちゃんだ。反射的にiPhoneの時計を見る。まだ夕方には少し早い。
「さっきのスタジオで言ってたフラミンゴってお店、行ってみない?」
里奈ちゃんが提案する。しかしそこはBarだと言っていた。そんな場所に迂闊に入ってなにかあったらヤバい。
「まだきっと開店前でしょ? 大丈夫だよ。誰も居ないかもしれないし。ね、とりあえず場所だけ見てみない?」
なぜ里奈ちゃんがそんなに積極的になったのかちょっと不思議に思いながらも、そういうことならと3人は歩き始めた。
連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父
5. 薫
6. 里奈(1)
6. 里奈(2)
6. 里奈(3)
6. 里奈(4)
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