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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)6. 里奈(4)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
まずはこちらで連載開始し、いずれここ...

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 ライブハウスから歩いて約20分。この街の繁華街の真ん中にその店はある。狭い入口には、その陰に隠すように置かれた看板がまだ開店前であることを示し、そこから地下へと続く階段も薄暗いままだった。
「ここだよね。」
 言いながら里奈ちゃんがその階段を降りて行こうとする。
「ちょ…まずくない?」
 薫が小声で止めた。しかし里奈ちゃんは微笑むとそのまま降りて行く。仕方なく恐る恐るついていく。
 薄暗くて狭い、そして白い階段の先は左に折れ、その突き当たりに黒い扉があるのが見える。暗さでよく分からないが、その扉にはどうやら店名が書いてあるらしかった。薫がiPhoneを取り出しライトをつけた。その扉が実は濃い茶色のかなり重厚な造りの木製で、店名はネオンで光るようになっていることが分かる。
「間違いない…ここだね。」
 言いながら薫はライトをあちこちに向け、その周辺を確認している。まわりには殺風景なほどなにもない。
「ちょっと待って。ヤバいよ!」
 小声だが鋭い薫の声。ドアの前で里奈ちゃんとモゾモゾしている。僕は背後からそれを見ていた。
「ヤバいって!」
 どうやら里奈ちゃんがドアを開けようとしたらしい。僕も素早く近づき里奈ちゃんを止めた。
「鍵かかってるに決まってるだろ。」
「もう…いきなりなにすんのよ…里奈は…。」
 ライトが彼女を照らしていないのでよく分からないが、彼女は無言のままだった。
「もう行こ。」
 薫のライトがこちらを向く。僕も里奈ちゃんをつかんでいた手を緩めてまた階段の方へ向かおうとした。その時、いきなり天井のライトが点いた。いきなり明るくなるその場所。そして階段を足早に降りてくる足音がする。逃げ場もなくそのまま固まる僕たち。もう観念するしかないと思えた。
「誰? なに?」
 階段を降りながらその人が言う。女性だ。声からすると恐らくは40歳くらい。長めの髪を後ろで束ね、ラフな白いシャツに黒くて細いパンツをはいている。
「なに? うちに用?」
 最初の問いかけに黙って応えられない僕たちに、その人はもう一度言葉をかけた。多少用心しているのか、階段の降り口からこちらには近づいてこない。そしてこちらを観察するように3人の顔や全身を順番に見ているのが分かる。
「高校生?」
 その言葉に僕はようやく頷くことができた。
「高校生がなんの用? うちみたいな店に来るとまずいでしょ…悪いことしようって感じでもないし…。」
 言いながらようやく近づいてくると僕たちの間に割り込むように入り、バッグから鍵の束を取り出した。その人に近づかれて僕たちは思わず左右に避け壁に背中をつけた。女性は鍵を開けると、ドアを開けずにくるりと向きを変えた。僕たち3人をもう一度代わる代わる見る。
「あのね、なんか用? 用がないなら帰って欲しいんだけど。」
「あ…あの…。」
 僕は声を絞り出す。その人は僕を見上げた。目は大きいが鋭い。こうしてそばに寄るとその人が僕よりかなり小さいことがよく分かる。
「沢井さんって、引っ越しちゃったんですか?」
 僕の言葉に一瞬不思議そうな顔を見せたが、次の瞬間表情が緩んだ。
「いきなりなにを言うかと思えば…私も沢井だけど?」
「え!?」


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父
5. 薫
6. 里奈(1)
6. 里奈(2)
6. 里奈(3)
6. 里奈(4)

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