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Logo Mark 深瀬人寛 / 遠くに行けない放浪者

信州の息づかいを奏で、再生の軌跡を綴る。
ピアノの旋律に乗せて届けるのは、雨上がりの土の匂いや、目の前に広がる風景。
素朴で伸びやかな歌声は、誰の心にもある「再生」の物語に寄り添う。

現在、うつ病からの復帰と新たな挑戦を描く自伝的小説『芽吹くための雫』をnoteにて更新中。

「私もひょっとしたらまた、歩き出せるかも」――。

どん底から光を見出そうとする全ての人へ、音と言葉で一歩踏み出す勇気を届ける。

Capturing the breath of Shinshu, chronicling the journey of rebirth.
Through piano melodies, I deliver the scent of earth after rain and landscapes that bloom behind closed eyes. My voice--simple yet soaring--resonates with the story of "resilience" within us all.
Currently, I am sharing my journey of recovery from depression and my new challenges in the daily autobiographical novel, Droplets to Bloom, on note.
To anyone searching for light in the darkness: I offer these sounds and words so you might feel, "Perhaps I, too, can start walking again."


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アルバム「君と街の匂いと空の星」

息をするように過ぎていく日々の、隠れた愛おしさを掬い上げる。
静寂と温もりが同居する夜の処方箋「君と町の匂いと空の星」。

信州の自然の息づかいや、人が再び歩き出すための「再生」の軌跡をテーマに、素朴で伸びやかな歌声を届けるシンガーソングライター。
待望のニューアルバム「君と町の匂いと空の星」は、私たちが何気なく見過ごしてしまう日常の中に潜む、かけがえのない瞬間を音で紡ぎ出した全8曲の短編集のような一枚だ。


誰かを想うときに纏う、町の匂いと星の音

本作を貫くテーマは「暮らす時を想う」こと。
表題曲であり1曲目を飾る「君と町の匂いと空の星」をはじめ、ここに収録されているのは、決して非日常的なドラマではない。
息をするように当たり前に過ぎていく日々。
しかし、ふと立ち止まって誰かを想うとき、そこには確かに街の匂いが漂い、遠くで瞬く星の「無音の音」が聞こえてくる。

どん底から光を見出そうと、自らの体験を綴ってきたアーティストの温かな眼差しが、今度はリスナーのありふれた日常の隙間を優しく照らし出していく。


「息遣いが見える」極めてパーソナルな音響空間

特筆すべきは、その静謐でオーガニックな音作りである。
ピアノの弾き語りを軸に据えつつ、楽曲によってはウッドベースの深い低音が寄り添い、時には深夜の都会の喧騒を思わせるアンビエントなアプローチや、郷愁を誘うピアノ独奏も顔を覗かせる。

メロディはどこまでも懐かしく親しみやすいが、そこにふと忍び込むジャズコードが、単なる癒やしにとどまらない、大人の深みと陰影を与えている。
そして何より耳を奪われるのは、ピアノのハンマーが弦を叩く微かな打鍵音さえもそのままに残した「息遣いが見える音作り」だ。
目を閉じれば、すぐ目の前で木と弦が鳴り、静かに息を吸い込む気配までが伝わってくる。
その生々しさが、かえって深い静寂を感じさせる。


疲れた帰り道、あるいはキャンドルを灯す夜に

少し疲れてしまった帰り道の電車の中。
あるいは、一日の終わりに部屋の明かりを落とし、ただキャンドルの炎だけを見つめる夜。
そんな「一人きりの静かな時間」にこそ、このアルバムは深く沁み渡る。

張り詰めた心をそっと解きほぐし、「私もひょっとしたらまた、歩き出せるかも」という静かな勇気を手渡してくれる「君と町の匂いと空の星」。
無音の一瞬さえも美しい音楽に変えてしまうこの作品集に、ぜひ耳を傾けてみてほしい。


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シングル「芽吹くための雫」

絶望の底から見上げた一筋の光。小説と音楽が深く響き合う、再生へのドラマティックな道標「芽吹くための雫」

信州の息づかいを纏い、人々の心にある「再生」の物語を紡ぐシンガーソングライター。
その表現の真骨頂とも言える渾身の1曲がリリースされた。
本作「芽吹くための雫」は、現在noteで連載されている自伝的小説と深くリンクして生まれた、極めて重要な意味を持つシングルだ。


小説と交差する、痛みを輝きに変える軌跡

本作の原点にあるのは、アーティスト自身が経験したうつ病というどん底からの社会復帰の道のりだ。
同じように暗闇の中で苦しむ人へ、「それでもまた歩き出せる」というメッセージを届けるために書き始められた小説。そこに登場する主人公「蒼(あお)」が復活ライブを達成するまでの歩みや、苦しい時期を支えてくれた人々との出会いの数々が、一つの大きな道標となってこの楽曲に結実している。
深い痛みを経験したからこそ描ける、絶望が輝きへと変わっていく軌跡が、音葉となって胸を打つ。


弦楽とピアノが織りなす、多層的な「生」の音響空間

今作は、バイオリン、ビオラ、チェロといった弦楽器隊を迎え、ピアノと歌声が幾重にも折り重なる重厚な編成となっている。
その展開は、まるで小説のページをめくり、感情の波に飲まれるかのようにドラマティックだ。

特筆すべきは、物語のテーマを体現する圧倒的な説得力を持った音作りである。
弦が擦れる生々しいノイズ、ピアノの力強い打鍵音、そして震えるようなボーカルの吐息。
それらの音が複雑に絡み合うことで、物語が持つ「円環構造」や、人間の感情の「多層感」が見事に表現されている。綺麗に整えられただけではない、泥臭くも美しい「生きるための息遣い」が、この音響空間には満ちている。


活字から音へ。立ち止まっている全ての人へ手渡す希望

この楽曲の真価を最も深く、そして鮮烈に味わう方法は、まず小説「芽吹くための雫」の物語に触れることだ。
活字を通して主人公・蒼の葛藤や痛みを共有した後にこのメロディを聴いた時、音楽は単なる音の連なりを超え、圧倒的なカタルシスとなって聴く者を包み込むだろう。

うつ病と闘っている方、あるいは学校や職場の人間関係で心が折れそうになっている方。
今日を生きるのが少し苦しいと感じているすべての人に、この「雫」が届いてほしい。
流した涙が土に染み込み、いつか必ず自分だけの若葉を芽吹かせる力になる。
本作は、そう信じさせてくれる力強い希望の歌である。


各種配信メディア

小説「芽吹くための雫」

どん底の沈黙から、再び指が鍵盤に触れるまで。
音楽が響く「その前」の時間を描く、再生と希望のテノヒラ小説「芽吹くための雫」。

シンガーソングライターとして表現を続ける著者が、自身のうつ病による挫折と社会復帰の体験をベースに紡ぐ自伝的小説『芽吹くための雫』。
現在、noteにて毎日更新されている本作は、楽曲「芽吹くための雫」と表裏一体の関係にある、極めて重要な物語だ。


華やかな成功物語ではない、歩き続けた人間の記録

主人公は、25歳でメジャーデビューを果たしたものの、挫折とともにうつ病を発症し、音楽から完全に離れてしまった43歳のシンガーソングライター・蒼(あお)。
物語が焦点を当てるのは、かつての栄光ではなく、彼が身を置いた深夜のコンビニや工場での静かな日々だ。
「何のために生きているんだろう」という終わりのない問い。
そんな彼を繋ぎ止めたのは、工場の班長の「深瀬さんって、なんか違う人みたいだよね。でも、それでいいと思うよ」という何気ない言葉や、母が教えてくれた「悩みは土に、苦しみは種に」という詩だった。

本作は、決して華やかなサクセスストーリーではない。
夢破れ、転んでも転んでも、ただ歩き続けた不完全な人間の記録である。
だからこそ、蒼の姿は特別な誰かのものではなく、私たちの日常と地続きの切実さを持って胸に迫る。


呼吸するように読む「1分間」の情景

本作は、1〜2分で読める「テノヒラ小説」の形式で毎日連載されている。
主語を削ぎ落とし、身体感覚と情景描写によって感情を浮かび上がらせる詩的な文体は、まるで静かに深呼吸をするような独特のリズムを持っている。
説明しすぎることを避けたその余白には、蒼の繊細な痛みや、不器用な優しさが滲んでおり、読後には不思議な温かさが残る。


音楽の聴こえ方を変える、圧倒的なカタルシス

物語のハイライトである第1章のクライマックス。
4年間の沈黙を経て、蒼が復活ライブのステージに座る場面だ。
「指が動くだろうか」という恐怖を抱えながら鍵盤に触れ、最初の一音が鳴る瞬間。
そして、客席で涙を流す少女を見て「届いたんだ」と実感するまでの描写は、文字を通して読者の心にも直接その「震え」を伝播させる。

音楽は「今この瞬間」を届けるものだが、小説は「そこに至るまでの時間」を共有することができる。
工場での孤独な夜や、震える指の記憶を知ってから聴く楽曲は、全く違う深みと響きを持ってあなたの耳に届くはずだ。


「自分にも、まだ続きがある」と思えるように

「諦めなくてよかった」——。
物語を通して蒼が見つけたその実感は、きっと読者自身の心にも「続けていいんだ」という静かな許可を与えてくれる。
今日という日を生きるのが少し苦しい人、夢の途中で立ち止まってしまった人にこそ、蒼の軌跡を辿ってほしい。

ここには、あなたが再び歩き出すための、小さな、けれど確かな「雫」が落ちている。


絶望の底から見上げた一筋の光。小説と音楽が深く響き合う、再生へのドラマティックな道標「芽吹くための雫」

信州の息づかいを纏い、人々の心にある「再生」の物語を紡ぐシンガーソングライター。
その表現の真骨頂とも言える渾身の1曲がリリースされた。
本作「芽吹くための雫」は、現在noteで連載されている自伝的小説と深くリンクして生まれた、極めて重要な意味を持つシングルだ。


小説と交差する、痛みを輝きに変える軌跡

本作の原点にあるのは、アーティスト自身が経験したうつ病というどん底からの社会復帰の道のりだ。
同じように暗闇の中で苦しむ人へ、「それでもまた歩き出せる」というメッセージを届けるために書き始められた小説。
そこに登場する主人公「蒼(あお)」が復活ライブを達成するまでの歩みや、苦しい時期を支えてくれた人々との出会いの数々が、一つの大きな道標となってこの楽曲に結実している。
深い痛みを経験したからこそ描ける、絶望が輝きへと変わっていく軌跡が、音葉となって胸を打つ。


弦楽とピアノが織りなす、多層的な「生」の音響空間

今作は、バイオリン、ビオラ、チェロといった弦楽器隊を迎え、ピアノと歌声が幾重にも折り重なる重厚な編成となっている。
その展開は、まるで小説のページをめくり、感情の波に飲まれるかのようにドラマティックだ。

特筆すべきは、物語のテーマを体現する圧倒的な説得力を持った音作りである。
弦が擦れる生々しいノイズ、ピアノの力強い打鍵音、そして震えるようなボーカルの吐息。
それらの音が複雑に絡み合うことで、物語が持つ「円環構造」や、人間の感情の「多層感」が見事に表現されている。
綺麗に整えられただけではない、泥臭くも美しい「生きるための息遣い」が、この音響空間には満ちている。


活字から音へ。立ち止まっている全ての人へ手渡す希望

この楽曲の真価を最も深く、そして鮮烈に味わう方法は、まず小説「芽吹くための雫」の物語に触れることだ。
活字を通して主人公・蒼の葛藤や痛みを共有した後にこのメロディを聴いた時、音楽は単なる音の連なりを超え、圧倒的なカタルシスとなって聴く者を包み込むだろう。

うつ病と闘っている方、あるいは学校や職場の人間関係で心が折れそうになっている方。
今日を生きるのが少し苦しいと感じているすべての人に、この「雫」が届いてほしい。
流した涙が土に染み込み、いつか必ず自分だけの若葉を芽吹かせる力になる。
本作は、そう信じさせてくれる力強い希望の歌である。


note・小説「芽吹くための雫」

シングル「階-kizahashi-」

焦らなくていい、今日も一段上がれたから。
生の息づかいを宿したピアノが夜に寄り添う独奏曲「階-kizahashi-」

うつ病からの社会復帰という自身の体験を昇華し、人々の心に寄り添う音楽を紡ぐシンガーソングライター。
その表現の原点とも言える、限りなく純粋でパーソナルなピアノ独奏曲「階-kizahashi-」が紐解かれる。
本作は、劇的な復活を歌い上げるものではない。
静かで地道な日々の継続の中にこそある、ささやかな希望の光をすくい上げた一曲だ。


一段ずつ上がる。桜から桜へ、1年をかけて紡がれた「回復の記録」

タイトルの「階(きざはし)」とは、階段を意味する雅語。
うつ病からの回復は、決して一足飛びにはいかない。
二段飛ばしなどできず、調子の良い日にだけ、ただ一段を上がる。
そんな切実な日々の積み重ねが、このタイトルには込められている。

制作は、病によって音楽から離れていた時期の果て、少しだけ外に出られるようになった頃に始まった。
調子の良い日だけピアノの前に座り、弾けない日は決して無理をしない。
そうして自身の心と向き合いながら、一音一音を探り当てる日々が1年余り続いた。
桜の咲く季節に書き始められ、翌年の桜の季節に完成したというこの曲は、華やかなファンファーレとともに出来上がったわけではない。
ただ静かに、「終わっていた」のだという。
そのエピソードそのものが、回復というもののリアルな手触りを物語っている。


「生きている感覚」を刻み込んだ、呼吸するピアノ

本作はピアノ一台のみで奏でられる独奏曲だが、そこには驚くほどの生々しさが宿っている。
鍵盤を叩くハンマーの打鍵音、ペダルを深く踏み込む微かな軋み。
あえて完璧にノイズを削ぎ落として無菌状態にするのではなく、「今、人間がそこでピアノを弾いている」という事実そのものを音源に刻み込んでいる。

それはまるで、ピアノ自身が静かに息をしているかのような音響空間だ。
アーティストが回復の過程で少しずつ取り戻していった「生きている感覚」が、この無防備で温かい音の粒と見事に重なり合い、聴く者の心を強く打つ。


頑張ることに疲れた夜の、静かな伴走者として

本作は、誰かを力強く鼓舞し、背中を叩くための応援歌ではない。
何かを頑張ることに少し疲れてしまった夜、一人静かに過ごす時間のための音楽だ。

眠れない夜のベッドの中で。
あるいは、窓の外の暗闇を眺めながら温かいコーヒーを飲むひとときに。
この「階-kizahashi-」の素朴な旋律は、張り詰めた心の糸をそっと緩め、「焦らなくていい。今日も一段、上がれたじゃないか」と優しく肯定してくれる。
自分の歩幅で生きていくための静かな伴走者として、ぜひあなたの夜のプレイリストに迎えてほしい。


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シングル「compassion」

悲しみの底で鳴った、魂からの衝動。
麻布のように心を包み込む「思いやり」の2篇「compassion」

うつ病からの社会復帰という自身の体験を昇華し、「再生」の物語を紡ぎ続けるシンガーソングライター。
その歩みの中で、極めて重要で、ある種「生きた証」とも言える2曲入りの作品「compassion」(01. compassion / 02. Rain)が紐解かれる。
「思いやり」を意味するこのタイトル。
しかし、そこに込められているのは決して表面的な優しさではない。
深い絶望の淵から湧き上がった、「魂からの衝動を音や言葉にする」という切実なまでの表現の必然性だ。


鉛色の世界で見つけた、生きるための小さな光

制作の背景にあるのは、見るものすべてが無味乾燥に感じられ、音楽を聴くことすら苦痛だったという、うつ病の深く重い時期の記憶である。
そんな鉛のような日々が1年余り続いたある日、突如としてひとつの旋律と歌詞が降りてきたという。
誰に頼まれたわけでも、商業的な約束があるわけでもない。
ただひたすらに3日間、己の身を削るように没頭して生まれたのがこの楽曲だ。

時に、その熱量を知らない人々から「音楽を作れるなら、本当は元気だったのでは?」という心無い言葉を投げかけられることもあったという。
しかし、うつ病からの回復は「寝ていれば治る」ものではない。
外に出る、人と話すといった、気の遠くなるような小さなステップ(スモールステップ)の積み重ねの中にあり、この曲を作り上げることもまた、彼にとって絶対に越えなければならない「生きるためのステップ」だったのだ。
他者の無理解に晒されながらも、この事実を真っ直ぐに伝える本作は、同じ病に苦しむ人々への最大の「compassion」でもある。


麻布のように柔らかく、傷を肯定するアンサンブル

激しい葛藤と衝動から生まれた楽曲でありながら、そのサウンドは驚くほど穏やかだ。
ピアノとボーカルを中心に、ウッドベースとドラムが加わった編成が織りなすのは、心地よくも懐かしい、そしてどこか新しい音響空間。

完璧さよりも「素直さ」を、押し付けがましい応援よりも「静観」を重んじたというそのアンサンブルは、まるで洗いざらしの「麻布」のような手触りを持っている。
後期回復に向かう中で直面した数々の辛い思いさえも、柔らかく包み込み、ほっとさせてくれるような温もりがそこにはある。


途方に暮れる夜、「僕はここにいるよ」と寄り添う声

どうにもならない悲しみが沸々と湧き上がり、涙が落ちてしまうとき。
どれだけ頑張っても報われず、途方に暮れてしまうとき。
この「compassion」は、そんな行き場のない感情のそばに静かに座り、「僕はここにいるよ。一緒に歩いて行こう」と語りかけてくれる。

無理に前を向かなくてもいい。
あなたのその痛みを知っている人が、ここにもいる。魂の底から鳴らされたこの音楽が、今日もどこかで涙を流す誰かの、静かなる「お守り」となることを願ってやまない。


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