連載記事2026/03/23
アーティストの主張
DAKOKU・音楽は物語になれるのか ― Sound Taleという試み ―
Spinart(スピナート)が主にTwitterで募集する「アーティストの主張」。
さまざまな活動をするアーティストさんたちの主張をガンガンご紹介していきます。
「ア...
人は、生きている限り言葉にできない何かを背負っている。
喜び、悲しみ、後悔、希望。
それらは必ずしも言葉として整理されるものではない。それでも人は誰かを想い、何かを抱えながら、笑い、前を向き、歩き続けてゆく。
芸術とは、その言葉にならないものに触れる行為なのかもしれない。
美しい音を並べることでも、技巧を誇示することでもなく、人の心の奥にある、まだ形を持たない感情に寄り添うこと。
そのような作品を世に送り出すことができたなら、芸術は人の人生において確かな意味を持つのかもしれない、私はそう思うようになった。
私が音楽を作り続けている理由もそこにある。
私の音楽の原点には、一人の娘の存在がある。
娘は、生まれながらにして強い障がいを持っていた。
なぜこの子が、という問いを胸に抱えながら過ごした時間は決して短くない。
しかし、やがて見えてくるものがあった。
制限のある人生の中にも、確かに喜びがあり、楽しみがあり、そして幸福の瞬間が存在しているということだ。
その中心にあったのが、音楽だった。
音が流れると、娘は心から嬉しそうにしていた。
その姿は、まるで音の世界そのものと対話しているかのようだった。
音楽は単なる娯楽ではない。人が世界とつながるための、一つの窓である。
その実感は、私を自然と障がい支援の世界へと導いた。
障がい特性と音楽はどこで交わるのか。
音楽は人の心にどのように作用するのか。
その接点を現場の中で探し続ける日々が始まった。
娘はその間にも、数多くの治療や手術を経験した。
小さな体でそれらを一つ一つ耐え抜いていった。
その姿は、守られる存在というよりもむしろ自らの人生を豊かにしようと挑戦を続ける、一人の人間の姿だった。
私はその姿を、ある存在に重ねた。
それは、魚である。
水の世界の中を、静かに、優雅に、美しく泳ぐ魚。
ある意味では閉ざされた環境の中にありながら、その命は確かに輝いている。
私は娘を魚に喩え、曲を書いた。
そして同時にもう一つのイメージが生まれた。
魚を優しく照らす月の光である。
月は、静かに水面を照らし、魚の姿を柔らかく浮かび上がらせる。
その光の中で、魚は穏やかに泳いでいる。
私は、その月の光でありたかった。
月に照らされながら幸せに泳ぐ魚。
その情景もまた、音楽として形になっていった。
しかし、ある日突然、娘はこの世を去った。享年14歳。
あまりにも唐突な別れだった。
娘のいない世界を歩くことになった私は、記憶の中に残る娘の姿を探す旅を続けることになった。
街の風景の中に。
音楽の中に。
日々のささやかな出来事の中に。
その旅の中で、やがて一つの事実を受け入れることになる。
娘は、もうこの世界にはいない。
しかし同時に、確かに生きていた。
そしてもう一つの発見があった。
人の記憶は、ただ過去を保存するだけのものではない。
そこには、再び出会う力が宿っている。
娘が残した時間や想いは、今も私の中で静かに息づいている。
そして、いつの日か再び出会う日が訪れるという確信が生まれていった。
私の音楽は、技巧や理論を誇るためのものではない。
私自身の体験、悲しみ、希望、そして娘の意思。
それらが静かに溢れ落ちるようにして生まれた、一つの物語である。
その物語は、決して私一人のものではないだろう。
同じように苦しみ、もがき、それでも立ち上がろうとしている人々の物語と、どこかで交わる可能性を持っている。
もし音楽が誰かの人生と重なり、新しい未来を照らす小さな光となるならばそれほど嬉しいことはない。
音楽とは、ただ聴かれるものではない。
そこに聴く人の物語が重なったとき、はじめて新しい意味が生まれる。
作り手の物語と、聴き手の物語が交差する場所。
そこに生まれる音楽の在り方を、私は 「Sound Tale」 と名付けた。
悲しみの中から生まれた音と、そこから羽ばたいていく音を紡ぐ物語。
その音がそれぞれの人生の物語を、そっと支えることができたなら。
きっと音楽に限らず作品には、作り手の「時」が詰まっている。
それは一つの物語となって鑑賞する人の物語とクロスし、また新たな想いや物語が生まれてゆく。
そしてその作品は芸術となる。
私はこれから先も、物語を鳴らし続けようと思う。
その先に、音が彩る幸せが待つことを願って。
DAKOKU 作曲家/ピアニスト。 音楽を物語として紡ぐ「Sound Tale」という表現を提唱し、人生の記憶や感情に寄り添う作品を制作している。 アルバム「瞬景」などを発表し、音と物語が交差する音楽世界を探求している。
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娘は、音楽が好きで、気に入った曲が流れると笑顔でクルクルと舞う様に踊った。
その姿は今でも私の心に深く残っている。
私は娘を美しい魚になぞらえて、「ドシラソラ・ドレミソレ」というテーマを作った。
気ままに泳ぐ魚は、美しくまた切なく思えた。
中間部分は、そんな娘が踊る・魚が舞い泳ぐ姿を描いた即興的な部分である。
月に照らされながら泳ぐ舞魚はさぞかし美しかろう。
私は、娘を照らす月の光になりたかった。
月光のモチーフをメロディとして繋ぎ、構成的に舞魚の楽曲そのものを月光で挟み込み、包み込む構成にすることにした。
それゆえ、中間部分は月光に照らされる舞魚がそっくりそのまま配置されているが、転調をしながらよりドラマティックに描いた。
後半の再現部で、テンポチェンジされた月光のテーマは、より強く、より感情的に演奏され、終結する。
月光の完成後亡くなった娘を想い、父である私は世界の色を失ったが、そんな私の中に、心の中に生き続ける娘に再会し、再び立ち上がって生きようという火種があることに気付いた。
私は、自分の中に眠る鳳凰のような存在の背中にのり、娘に会いに立ち上がった。
長い長いイメージの中での旅の末、私と娘は再会を果たす。
それは心の中の物語。
人間の、生きる力。
Spinart(スピナート)が主にTwitterで募集する「アーティストの主張」。
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「ア...
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