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Logo Mark アーティストの主張 花咲 愛実・【エッセイ】「焼肉やぶの話。~天国へと移転しました~」

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新春の香(候)。皆様、如何お過ごしでしょうか。本年も『生きることは、花咲くこと』をテーマに言葉の花束をお届けさせて頂きたいと思っております。今回は「エッセイスト花咲 愛実」として1つエッセイを書かせて頂きました。


「いらっしゃいませっ!」「また、どうぞ!」目を瞑ると、どこからかそんな声が今も聞こえてくるのではないか…と思ってしまう。

小さな町の、小さな焼肉屋。母方の祖父母は、40年以上に渡り焼肉屋を営んできた。店名は「やぶ」だった。
鉄板で焼く分厚いお肉と、冬場にだけ作る、おでんが好評だった。おでんには、秘伝のネギダレを掛けて提供していた。お通しは、決まって湯豆腐。
湯豆腐にも、ネギダレ。

昼間は普通に会社員として働き、夜に「やぶ」を開く。そんな生活を40年以上も続けたのだから、本当に頭の下がる思いである。そんな祖父母も今では天国にいる。2人共、長生きをしてくれた。

祖父の通夜は印象的であった。祖父は生前、「書道」が趣味で気に入った言葉を色紙に何枚もしたためていた。きっと書くことで、若くして亡くした娘(私の母、享年35歳。)への辛い気持ちを紛らわしていたのではないか。私はそう感じる。自分も言葉にすがって生きているからである。

祖父は私の母が生前、お針が得意で着物を作る人だった為、白装束では無く、母が縫った渋いグレーの着物を着ていた。棺にはたくさんの祖父が書いた色紙が入れられた。まるで、言葉に囲まれながらあの世へ行くようで…。とても素敵だった。

それから一年程経ったある日、主人から「老人ホームに入っている祖母にたまには会いに行ってやれよ。何があるか分からない歳なんだぞ。」と言われた。私はずっと逃げて来たのだ。認知症が進み、何も分からなくなってしまった祖母に会うのが怖かったのだ。

数日後。私は娘を連れてホームへ会いに行った。しかし話をしても、やはり何も分からなくなっていた。
母が亡くなってから、いつも祖母が救いだった。私達は、母の居なくなった淋しさを埋めるように、2人で色んな所へ行き、2人で色んな話をして、生きてきた。

曾孫である、娘が生まれてからは、相当可愛がってくれた。そんな祖母の記憶に私達はもう居なかった。それでも祖母は私達の手を握り、目に涙を浮かべて「来てくれてありがとう。嬉しい。嬉しい…。」と言ってくれた。

私は居たたまれなかった。「また、来るからね。」と言って祖母の手を握り返した。祖母とは、それが最期の別れになった。それから数ヵ月後、祖母は老人ホームで息を引き取った。コロナの関係で面会は叶わなかった。

通夜に行くと今度は、亡き母の縫った山吹色の着物を着た祖母が綺麗な顔で眠っていた。棺に色々なものを納めていく。係りの人が「次は六文銭。三途の川の渡し賃といわれています。とても大切なものです。こちらはどなたか女性の方にお願いしたいです。」と言った時、即座に中学生の娘が動いた。私は嬉しかった。大切なお金を曾孫に持たせて貰えて幸せだろうなと思った。

一連の儀式が滞りなく進み、叔父が通夜の挨拶を始めた。

「本日はお忙しい中、母の為にお集まり頂きましてありがとうございました。

…親父が亡くなってから、約2年が経った訳ですが…この機会に実家や店をどうしたか、お話させてください。

…まず実家は売りに出そうと思い、妻と2人で片付けをしてました。大きな家具などの片付けに、専門の業者さんを呼んだんですよ。そうしましたら、その業者の方がたまたま、若い頃「やぶ」へ食べに来たことがあると話してくれまして…。

その人がある日、仕事が終わって「やぶ」の前を通ったら、焼肉のいい匂いがして。どうしても肉が食べたくなったそうで。
でもポケットには500円玉一枚しかない。それでも居ても立ってもいられず、暖簾をくぐったと。

そうしたら、父が「いいよ。」と言って肉を切り、母が暖かいご飯と味噌汁まで用意してくれて、とても嬉しかったと。

……その話を聞いて…2人は…なんだかんだ…いい商売してたんだなぁって…思い…ました。

そうして、しばらく売りに出したら家付きで店舗も買い取り「焼肉屋をやりたい」と言ってくれる人が現れたので、話してみました。

やはり小さい頃からよく「やぶ」に食べに来てくれていたお客さんだったようで…。「やぶ」を気に入り、焼肉屋をやりたいと申し出てくれた事に縁を感じ、その方に売りに出す事に決めました。

この2年そんな事がありました…。皆さん、明日も火葬、葬儀と続きます。明日もよろしくお願い致します。」
と、叔父は涙ながらに挨拶をした。
私も泣いてしまった。

「やぶ」は古くて、ちょっと汚い店だったけど、常連さんや、月一回は必ず食べにくるグループの方々もいた。
私もずっとあのお肉とあの自家製のタレで育った。
私だけじゃない。母も、叔父も、娘も。皆々、「やぶ」と共に生きてきた。

先日ようやく、新しく焼肉屋をしてくださってる方のお店に家族で行ってきた。少し綺麗にリフォームされていたが、面影はそのままだった。懐かしい空間。

店長さんに挨拶をすると、「小さな頃、やぶへ親が連れて来て居たんです。売りに出されている事を知り、経営をしようと決意しました。」と。

こうして、「焼肉やぶ」は新しい人の元で、形を変えて新しくスタートしている。

本当によく働いた2人だった。そんな毎日の積み重ねがたくさんの人の心の中に「焼肉やぶ」として思い出に残っている。

一生懸命、働く姿はきっと、誰しも無駄じゃない。良いことばかりじゃないけれど、積み重ねて来た時間が素晴らしい景色に変わることを、私は亡くなっても尚も、祖父母に教えられた。

数年が経ち、私はふと「食べログ」で「焼肉やぶ」を検索してしまった。口コミが1件だけあり、【閉店】と書かれていた。
私はそこへ、静かに書き記した。

星5 ★★★★★
【この度、焼肉やぶは「天国」へと移転致しました。】

『亡き祖父母のお店でした。私の生まれる前から、2人で営んで私もこの味で育ちました。濃い目のタレに付けて食べる鉄板焼の、豚バラ。冬季限定のネギダレを掛けた、おでん。夕方、テレビから相撲を見ながら営業スタート。店に飾られた祖父の手書きのメニュー板。喧嘩ばかりしながら、営業をする2人。

懐かしいです。大好きでした。

40年以上の長きに渡りまして。地域の皆様、お客様に支えられながら、営業出来ました事、故人に代わりまして、心より厚く御礼申し上げます。

「いらっしゃいませ!」
「また、どうぞっ!!!」

【焼肉やぶ 孫】』

きっと…。
天国でも2人は「焼肉やぶ」を営んでいるのではないか。皆様が集まれるように。私は、そんな気がしている。

【おしまい。】


こんな感じのエッセイや日記、詩、短歌、作詞、朗読、などを文学サイトnote様にて配信させて頂いております。
今回の記事はその中より2つの記事を抜粋し、組み合わせ、推敲致しましたSpinart様用のオリジナルです。
言葉の芸術に触れたい方は、是非、私のnoteアカウントへ遊びに来てくださいますと、幸いです。
2026年も「たくさんの言葉と想い」を届けさせて頂きます。

『一生懸命、働く姿はきっと、誰しも無駄じゃない。良いことばかりじゃないけれど、積み重ねて来た時間が素晴らしい景色に変わる』

皆様どうぞ、本年も宜しくお願い致します。

【花咲 愛実】


私のnoteへのリンクはこちらです。
note

今回のエッセイのもととなった2つの記事はこちら。
【エッセイ】「焼肉やぶの話。」
【感謝記録】「【閉店】亡き祖父母のお店を食べログで評価した話。」


花咲 愛実
キャッチコピーとしている「言葉の花束をあなたに...。~Life is Bloom~」に「Life is Bloom」=「生きる事は、花咲く事。」の意味を込めて活動する、詩人、歌人、エッセイスト、朗読家、作詞家。
さらに、作詞(作詩)や朗読に楽曲を組み合わせた独自ジャンル「Poetry Music」アーティストとしても活動している。

花咲 愛実の詳細はこちら。
アーティスト紹介・花咲 愛実 オフィシャルサイト

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