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Logo Mark歯を磨く様に演じる1%のいい事…

鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
朗読や表現、コミュニケーショ...

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劇団に入ったその夜だったか、次の日の夜だったか定かではないが、縫い針で顔を指しそうになった。どうしてそんなことになったかと言うと、ちょうど私が入団した時期は新しく芝居を作っていてとても忙しく、日中は芝居の稽古、そして夕方から夜、深夜まで、芝居に使う大道具、小道具、衣装の製作をしていた。
初日前、1ヶ月を切ると、とにかく稽古、製作ともに忙しい。必要な物を作らねばならない。そして、深夜作業中、あまりの眠さに、縫い物をしながら、睡魔に襲われた私は、顔に“プスッ”と針を指しそうになった。まあ、数年経つと深夜作業も慣れたものになってくるのだが…。
私の経験によると、往々にして芝居をやる人達は深夜まで作業をしてる気がする。
好きだから?
芝居の世界はそういうもんなのか?
執念なのか???
初日前は何度むかえても初日が開くのか心配になる(今でもそうだ)…のだが、必ず初日が開く。体力的にも辛いし、1日の大半が芝居の全体稽古と製作時間に取られ、いつセリフを覚えるんだ??と思っていた。もちろん土日の休みもない。
一度その時期、歯の銀の詰め物が取れたことがあった。しかし、医者に行く時間は勿論ない。その時は仕方なく、そのとれた銀の部分をセメダインか瞬間接着剤で歯に取り付けた。無論無事、初日を迎え歯科に行った。行った時は医師に「どこが取れてるの?」と聞かれ「すいません。その奥歯は接着剤で貼り付けてあるんです。」と答えるにはとても勇気がいった。そして、劇団の先輩も同じ経験をお持ちであった(笑)。芝居をする人には珍しい経験ではないのかもしれないが、あまり口の中に接着剤は、おススメしない。
そして入団したばかりの頃、私が、同期で入った子に、
「時給いくらになるんだろう?」
とふざけて時給を計算した電卓を、これ見よがしに見せたら、あまりの低さに、
「もう、計算しないで〜!」
と嫌がられた。
一般企業のサラリーマンなら、受け入れられない所かもしれないが、ある意味、私は凄いところだとも思っていた。本番ではなく、稽古していてもお給料が頂けるんだから。私が入ったところは、お給料制の劇団なのだ。給料の額は可愛らしいものだが、寮が有り、使う所と時間がないので、お金は貯まらずとも、困らない。そうそう、東京に芝居を見に行ったり、講習会を受けに行ったりする費用には、皆さん割と惜しみなく使っていたなぁ。これは当時の理事長の教えから。
そして芝居公演の初日1週間前になると切迫感がハンパなくなってくる。それと同時に、ワクワク感も自分の中に入道雲のごとく現れてくる。初公演に向け、広い場所を借り、本番同様大道具を組み立て、照明を吊り、出来た道具を使い、出来た衣装を着、日中は稽古し、芝居の精度をより高めていく。そしてやっとやっと初日公演が幕を開ける。なんとも表現しがたい1%以上の素敵な瞬間のひとつである。
その劇団を辞めた後、ある一般企業に就職したことがあった。そこでは本当にいろいろなことを経験させて頂き、感謝していたのだが、数年で辞めさせて頂いた。
何度も何度も辞めるのを引き止めていただいた社長に、私は最後にこう言ったのだ。
「99%の辛い事があっても、1%の自分にとっていいと思う事があったらいいと思うんです。でも、ここではその1%が見つけられませんでした。すいません。」
私にはその時、こう言うしか無かったのです。


鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
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