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Logo Mark歯を磨く様に演じる今はこんなのないんだろうな…

鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
朗読や表現、コミュニケーショ...

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大学を卒業してから芝居を始めた私にとって、芝居をしてお給料を頂ける事以外に、いくつもの劇団選出理由があった。そのひとつが、旅公演を経験できることだ。
入団初年度から旅公演には連れて行ってもらった。もちろんキャストにもついてはいる。はたから見ると夢⁈が叶って「よかったじゃん!」てな感じなのだが、単純にそんなわけにはいかなかった。
当時、こういった芸事の世界は上下関係が厳く、自宅で自由奔放に育てられた私にとって耐え難いものであった。そして、自分より後に入ってきた者もやめてしまう状態が何年か続いていた。
例えば、通常公演時に昼食をとる場合、一番下っ端は、まず昼食がくるとお茶をいれ、準備をし、先輩たちを呼び、上の先輩から弁当を選んでもらって、食事がスタートするのだが、1番下っ端はなかなかご飯が喉を通らない。何故かと言うと、その日の芝居のダメ出し(特に私の)が始まるのだ。それを聞きながらご飯を食道の蠕動運動を最大限に活用し、押し込むように昼食を食べ始め、自分の弁当が少し進んだ頃には、ある先輩のお茶がなくなる。そこでお茶を入れに行き、席に戻り弁当を食べ続けるのだが、そのうちにまた別の人の湯のみが空になるので、またそこへお茶を入れに行く。こんな具合だったから、最初のうちは弁当なんて食べた気がしなかった。
そして劇団には女子寮があった。私もそこに住んでおり、夜お風呂に入る時も上の先輩から順に入るしきたりになっていた。空いていても、下のものが先に入る時は先輩にお伺いを立てにいく。1部屋ずつ回ってノックして「先にお風呂いただいてよろしいですか?」って。これが毎日のように続く。私も最後には面倒くさくなって、公演出発前の早朝に入る様になってしまった。
また、女子寮には内線が引かれており、母家に来客があると呼び出しがあり、それがフリータイムでも休日であっても、お茶を入れに行かねばならない。時にはその話に付き合う。慣れてくれば、大した事では無いのだが、集団生活に慣れていなかった私にとって、それはものすごいプレッシャーだった。大げさに言えば、プライベートがないのだ。そこで休みの前日には仕事が終わると、友人のところに泊めてもらいに行ったものだ。当時はまだ若かったなと思うのが、友人宅に遊びに行き、劇団に戻ってきたのが早朝の公演出発1時間前で、劇団に着くやいなや、朝食のおにぎりを15、6個握って、公演バスに乗ったこともある。おそらくこの体力は今はないだろ(笑)。
そして、通常公演だと休みにはそうやって、劇団から逃避できたのだが、旅公演となるとそうはいかない。当時、旅公演の宿は大きな部屋に先輩方と一緒に泊まったり、また2人部屋の時もあるのだが、先輩のお世話をしなさいという事で、1番上の先輩と1番下の私が同じ部屋に泊まるような暗黙のルールになっていた。私はそこから抜け出そうと、公演が終わると早々に宿でその先輩にお茶を入れ、雨の日も風の日も旅館から抜け出し、知らない街をなんとなく歩きまわっていた。熱があっても『気が緩んでるのよ。』と言われるので、平気な感じを装い、宿を出て遊びに行った事もある。 後にはその先輩とも仲良くなり、一緒に海外旅行まで行くようになったのだが…。
そんな旅の状態だったので、私もいろいろ溜まっていたのだろう。ある時、別の部屋に泊まっていた先輩が『昨日誰かうなされていただろう。』と言い出した。それがどうやら、私だった様だ。旅公演では、いびきで寝られない迷惑な話はよく聞くが、うなされ声を聞かされるのもご迷惑な話だと今では思う(笑)。
会社で新人が辞めないようにお客様の様に扱われる話を聞く。そんな時代、今ではこんな所はないんだろうな。ちょっと寂しい…。

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鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
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