[ Spinart(スピナート) ] - あらゆる表現者・アーティストと出逢えるサイト

Logo Mark連載記事

Logo Mark歯を磨く様に演じる私、本番強いから

鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
朗読や表現、コミュニケーショ...

続きを読む

『どうしよう。大丈夫かなぁ…。』 私、が何となく日常口に出してしまう言葉。先日もトーク仕事の前にこの言葉を口に出し、大学生から『大丈夫ですよ。〇〇できますから…。』とアドバイスを受けた(笑)。
実際は、あまり心配していなかったのだが。これは寒い時期に寒い寒いと言い続け、寒くなくても寒いと口からスルッと出てしまう類の私の口癖。
私を良く知っている友人は、私が『大丈夫かなぁ…。』と言うと、
『大丈夫じゃなかった事あるの?』と私の『無い』という答えを見透かして聞いてくる。
実際周りからは『本番に強い人』と思われているらしい。
そしてそれは自分でも認める。
『私、本番強いから』
ドラマドクターXに出てくる外科医大門未知子が手術の時に言っている
『私、失敗しないので』この“覚悟”にも似ている。本当は米倉涼子扮する大門未知子の様にカッコ良く言ってみたい『私、本番強いから』それはさて置き。
そろそろ舞台数も、芝居、朗読劇含め優に2,000回は超えた。舞台上であがらないかと聞かれる事もあるが、舞台上ではいたって冷静。ピーンと張り詰めた作られたストーリーの空気中にドシっといる自分と、灯台の様に周りの状況を観察している自分を持ち合わせている。生きている中で私が1番落ち着ける時間と場所だと思う。
そして最近の舞台の多くは一人舞台。一人だと当たり前だが、ミスをしても誰もどうにかしてはくれない。自分で全て作品の責任を取らねばならない。ギャラも勿論頂いている。その重みだろうか、1人舞台をやり始めた頃は、公演がある日の開演前などは平常心でいるつもりが、日頃やらない火傷をしたり、傷を作ったりしていた。現在はもうそんな事はなくなった。
しかし、1人のほうが都合が良いこともある。一人芝居をしていて道から外れても、自分で軌道修正して正しい道に話を持ってくればいいだけだ。私以外誰も台本に書いてあった台詞は知らないから。相手がいるとそうはいかない。
そして、芝居中、台詞を忘れませんかと聞かれる事もある。基本、この心配はしない。そんな事に集中していると舞台の空気から離れて別次元へ行ってしまい、台詞がわからなくなる。
しかし、私も、商業劇団1年目に舞台中台詞を忘れたときは“どうしよう…”に気を取られて、頭が真っ白になった。しかしこんな時も 決して忘れてしまった事に集中していてはいけない。前に進む(進ませる)方向に思考を向ける。脳内コンピュータは、忘れた時、ものすごいスピードでその前後の場面のセリフやら状況やらをはじき出し、代用品を用意してくれる。そしてその全く同じではない代用品を使い、相手が台詞を続けられるよう、そして自分が続くように台詞を放っていく。
舞台は非日常の摩訶不思議な空間。この不思議さは演じる役者たちの念が作り出しているのかもしれない。
私が舞台でお金をもらい始めて1ヵ月とたたないうちに、公演中にけが人が出た。芝居が出来上がって2日目の事。主役をやっていた男の先輩が公演中高さ1.8メートルの台の上から飛び降りて片足のかかとを砕いた。それも1時間半の芝居がスタートして間もない時に。しかし、芝居はストップしない。その時は一緒に出ていたベテラン先輩がすぐに彼の負傷に気づき、彼の着物の後ろ側の襟を芝居中持ち続け、とりあえずは芝居を終えた。
終演後、かかとを砕いた先輩は尋常じゃなく痛がっており、即、病院へ搬送された。それにしても本当によく1時間以上も続けられたもんだ。
そんな先輩方を幾度となく見てきた私だから、私もやっぱりこう言う。
『私、本番強いから』
一番最初に劇団を辞めると思われていた私が最近心に刻んでいる言葉だ。

この記事への感想はこちらへどうぞ

この記事への感想を送る


鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
朗読や表現、コミュニケーショ...

続きを読む