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Logo Mark歯を磨く様に演じる畳2畳で演劇を

鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
朗読や表現、コミュニケーショ...

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よく今までこんな学生時代の延長が続けられているもんだなと、ちょっと振り返ってみる。
大学では経済学部にいて、卒業後は普通のサラリーマンじゃ面白くないからと劇団に入り、お芝居をして生活をし、芝居だらけの生活にフレッシュさを感じなくなって芝居を辞めた。しかし、40歳を目前にして、ここで戻らなきゃもう戻れなくなると芝居をする生活に戻り、芝居を含めた私なりの表現活動中心の生活に突入していく。
その中でも今に続く大きな足掛かりが、
『畳2畳で演劇を』だ。
殆ど表現活動で収入がなかった頃、宇都宮のデザイン会社の社長さんが声をかけてくださった。その方は宇都宮で起業の支援もなさっており、どうにか私を1起業家として育てようと力を貸してくださった。
スタートは、
『何が出来る?』
『…朗読⁉︎』
と自分のほぼ得意ではない二文字を、他に言う事がなく無理やり口にしたのが始まりだった。その時、その社長さんは私の公演を何本かご覧になっており、芝居をやっているのはご存知だったが、改めて『何が出来る?』と聞かれると、個人で仕事ととしてやるには、それしか思いつかなかった。
そして、ちょうど人と人とを結びつける場所をその社長さんが作っていたので、その場所でその方の会社の新事業という事で始動した。
まずは2人で作品選びから。
栃木県、なんだかんだ言って、聞いてみると昔、演劇をやっていたなんて人が意外と多くて、その社長さんも学生時代演劇をやっていたという。
そんな方とタグを組んで始めたものだから、座って静かに本を読む朗読にとどまるわけがない。
『朗読なんだけど、演劇寄りにしたいんだよね。』
と提案され、その考えが今も私のやっている“朗読舞台”の根底にある。
この朗読劇じゃない“朗読舞台”と言う単語もその方が“ただの朗読じゃないんだ演劇公演なんだ”との思いを込めて“鵜飼雅子朗読舞台”と私の名前入りで名付けてくれた。
『芝居を文化会館だの総合文化センターに観に行くって、ハードルが高いじゃない。それをここ(オフィススペース)でやったら気軽に観られる。』
『畳2畳位で気軽にどこでも演れる演劇があるといいじゃん。』
そう言われた社長さんの言葉はとても印象的だった。
初公演が8月だったので涼しい話で“怪談”とくるわけだが、“怪談”は私が練習するのに怖いので“不思議なお話”をチョイス。2人で何作も何作も作品を読み漁って、やっと小泉八雲の『夏の日の夢』を選びだした。
大道具も『畳2畳で演劇を』サイズでとてもコンパクトに作って頂いた。
『舞台プランを出してくれたらこっちで作るから。』
と提案してもらったのをいいことに私は演じ方、観せ方の模索に集中して作品を作った。
この様な事がこの後4年程続き。沢山の作品が生まれた。そしてここで生まれた作品(初演は必ずこの場所)が県内各所、学校やホールや古民家やフリースペースやカフェやいろんな所で演じられている。
コミュニティセンターの何周年かの記念行事にとホールでの公演依頼もあり、わざと小さく作ったものを大きな所でやるという、なんとも有り難い公演もあった。
現在はこのコロナ禍という事で、経費をかけ大きな芝居を作っても、できるのかできないのか、できてもいつやれるのかわからないそんな時、観客も少人数でいつどこでやってもOKよと、小回りのきく、
『畳2畳で演劇を』
スタイルは重宝しております。

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鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
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