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Logo Mark歯を磨く様に演じる高所作業もなんのその

鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
朗読や表現、コミュニケーショ...

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先日、南宇都宮駅近くの大谷石蔵スタジオの照明器具のメンテナンスで関わらせてもらった。照明用の細かい器材を直すのはプロの照明家さんで、高所作業は私の担当。
ここの照明はホールのとは違い、舞台袖の綱でアップダウンはしないので、自分の背丈の2倍以上ある高い脚立を使っての作業となる。それに脚立最上部の約30センチ四方の天板の上に立たないとライトには届かないので、その見晴らしは心臓にはあまりよろしくない。それでもバレエの稽古時習った様に頭頂部に意識をしながら重心をずらさずスーッと立ち上がり、天井近くの照明器具が設置してあるレーンをすかざずつかみ、作業を手早く済ますのである。
怖く無いのかとよく聞かれるが、考えたら勿論怖い。ご一緒に作業をしていた男性照明家さんは足が震えると言っていた。それでも上に登ったら、下界の事は考えず、視線は真っ直ぐに持っていき、その平面で見える前方と頭上風景のことだけを考える。勿論足元には十分注意して。
もともと高所作業が得意だったわけではない。何処かで高所訓練をしていたのかとも聞かれるが、そうではなく、やらざるを得ない環境にあったのだ。
以前は芝居で毎日学校巡回公演をしており、体育館に照明を吊っていた。こちらも大きな脚立を使い、滑車を改良した部品のついたロープを優に自分の身長の倍はある竹に引っ掛けて、その竹竿をバランスよく操り、体育館の天井の鉄骨にぶら下げていく。この作業も地面のことを考えると案外怖いものだ。そしてそのロープに体育館の間口の長さに並べた竹を鉄幹結びで結び、照明器具を設置して吊り上げていく。
この作業は毎日の事なので、そのうち恐怖もほぼ感じなくなってくる。もっと恐ろしい作業はいくらでもある。
ある時は、不運な事に高めの天井の体育館のその一番高い所の暗幕が閉じなくなっていた。そこで『閉めてこい』との指令が…。そんな登ってはいけない所だからたやすく登れる階段などはない。その時はその近くの柱をよじ登り、無理矢理暗幕前の幅が数十センチのところまで行き背後の恐怖を考えずに暗幕を閉じることだけを考え作業を済ませて降りてきた。
別の時は旅公演の時だった。とても小さな古くからある学校で、体育館は見上げると天井はまっ平らで、ロープを下げる金具を引っ掛ける場所がない。そこで言われたのが、
『天井裏に金具をひっかけ天井に空いた穴からロープをおろしてこい。』と。
登ってみると、足の踏み場は自分の足の横幅より少し太い位の鉄骨の梁。それにその下は薄いベニヤのような天井。そこに空いた穴から体育館で球技をやっている子供達がみえる。
『これ、落ちたら命がない。子供達の上に落ちる。』
必死に頭上の細い鉄骨を片手で握り、ロープの設置作業を致しました。
この旅公演の時は何の役をしていたんだろう?
『おはようお父さん、お父さん、おはよう。』と後にお姫様となる可憐な少女役をやっていたのではなかったろうか。
そんなたくましい日頃の私の姿を見てか、ある男の先輩は私がセリフで『助けて』と言っていても助けてあげたいと思ったのは私が風邪をひいてヘロヘロになった日だけで、他は『自力でどうにかできるだろう!』と心の中で思っていたと後で明かしてくれた。
そういえば、尊敬の眼差しと称賛で、
『登り棒、上手いんだよ!!』と私を小学生の男の子が友達に紹介してくれた事もあった。階段の所まで行って上に登るのは面倒なので、近くの登れそうな場所から腕力任せでギャラリーまで上がり、作業をする。そのせいか、ポールダンスの時、棒にぶら下がり腕力で自分の体を持ち上げるのはなんなくできた。
インターネットやパソコン等で現代人には全然ついていけていない私だが、高所裏方作業ならまだまだいけると自負しております。

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鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
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