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Logo Mark歯を磨く様に演じる手という道具

鵜飼雅子

舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
日本演劇教育のさきがけ的な存在である劇団らくりん座の正式団員として全国各地で公演を経験。
朗読や表現、コミュニケーショ...

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手についての思い出話が私には幾つかある。
お姫様役のドレスを着ていても血管の浮き出る私の手と腕はたくましい。
今ではそれ程ではないが、木材屋さんにスカウトされる位器用に角材の束を運んでいた頃は見ず知らずの方に、
『なんか(鍛える)運動をやっているんですか?』
と筋肉が鍛えられた腕をじっと見ながら聞かれた事もある。
最近は男性でも綺麗な手をしており、自分の節くれだった手を出すのが恥ずかしいくらい。
大谷資料館でのイベントに出た時、中村獅童さんと握手をした事があった。その手があまりにもポワンポワンの柔らかい手で“これぞ白魚の手”というのだと、その時初めて知った。彼の握手の感覚は香水の良い香りとともに数時間残っていた。
また、私の手の平は大きいので、温泉でやっていた何キロ掴み取れるか競うキムチ掴み競争では上位にランクインされた。
しかし、飴を穴から手を入れて掴む掴み取りでは、掴み過ぎて穴から手が出なかった事もある。
そんなたくましい手を持つ私だが、ある時、私の知人が公演後こんな事を言った。
『なんか鵜飼さんと違うんだよね。』
『う〜ん…。手が』
知人が言った手は私と違って女性らしい綺麗な手だが、彼が言っているのはそんな事ではない。手の動きの事である。
私も稽古を見ていて確かに違和感があった。
どんな感じかというと、身体と、腕から先が別な状態にある感じ。
身体の呼吸と手の呼吸が違うというか、手が動き過ぎな状態に対して身体が直立でほぼ移動なし(状況が変わっていない)。
芝居をやらない素人さんにもその違和感はやっぱり伝わったのだ。
芝居経験の浅い役者さんに、
『手はどうするんですか。』
という質問を受けた事もあった。芝居をしている時、手は自然についてくるのであえて手はどうするなんて考えた事はあまりない。役づくりとしては別だけれど。
日常生活で言葉がなかなか出てこない時に、自分のお腹の前で、無償に手を動かす人を数人知っている。でも、あれは、
『単語が出てこない。モドカシイ、けどあれだよあれ、う〜ん。』
という感情の身体と手が一致しているのでそれはいい。
でも芝居となると、手は動かしやすいので、感情以上に手に物事を任せ過ぎる。でもなんて説明したらいいか演出をする時いつも引っかかっていた。
これをスッキリ表してもらったのが、先日のマイムレッスンで喜怒哀楽をスローモションで行うワークをやった時だ。
心からゆっくり感情が出現スタートし、膨れ上がり、大きくなっていく。そして最高に達したら別の感情にスローモションで変化させていくワーク。その中で、
『最後に手が動く』
と言われた時。
“そう!そうなんですよ。”
特別な感情の時でなければ、手から先には殆ど出ていかない。
長年の説明辛さをスッキリさせてもらった瞬間だった。
また、手の状態によって男性らしかったり、女らしかったりする。
シニア劇団で女性の方に男性役をやってもらったら、その方お母さんが家にいる時の様によく動き、座ると行儀正しく手はお膝の上だった。やっぱりこうなると女性がやっているし、男性役でも女性ぽく見える。
でも、手の置き方や位置、状態を変えると男性的に見えたりする。
手ひとつとっても上手く使えばいろいろ表現出来る。ゴツくても、大きくても、血管が少々主張していても。

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舞台役者、朗読家、アトリエほんまる 副支配人。
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