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後藤英智(ゴトウエイチ)

1965年1月生まれ。
若いころ10年ほどフリーのベーシストとしてキャバレーやホストクラブで演奏。
ルーツは70年代歌謡曲から洋楽ポップス、オールディーズ等。一番影響...

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初めまして。後藤英智(ゴトウエイチ)といいます。1965年製です。この度連載の機会をいただきましたので、私の徒然を記してみようと思います。よろしくお願いいたします。
今回は初回なので自己紹介をします

私は東京の下町で生まれました。最近では少ない大家族で、父方の祖父、母方の祖母、伯母、父、母、妹、の7人家族でした。父と叔父はカントリーとブルーグラスのバンドをやっていて、母はシャンソンとカントリー、伯母は雑食で、歌謡曲からクラシック、ジャズなどを聴いていました。なので我が家にはいろいろな楽曲が流れていたわけです。でも、私は全然音楽には興味を持ちませんでした。最初に自覚して聴いた曲は、マイク真木の「バラが咲いた」のようです。3歳当時の写真ですが、ウクレレバンジョーを持って「バヤシャイタ~♪」とやっていたようです。
YouTube:マイク眞木/バラが咲いた

小学校の頃の音楽の成績はずっと「2」でした。楽器も特にはやらず、まぁ普通のガキだったわけです。ドリフで接していた、巷で流行っている歌謡曲は耳にしていたので、70年代歌謡曲は私の血肉となっていると思いますが、自分から進んで聴いた音楽は、ジミー時田のウエスタン映画のLPでした。「High Noon」がお気に入りでした。これは父の影響でウエスタン映画をよく観ていたせいもあるでしょう。当時はまだラジカセもそれほど普及しておらず、レコードをかけて聴いていました。小学校の4〜5年の頃です。
YouTube:ジミー時田/ハイ・ヌーン

やがて6年生になったころ、ラジカセが一般化して、学校でも友人が音楽を聴くようになると、自然と自分も真似をするようになります。当時はラジオをよく聴いていました。ある時ふと耳にした曲がThe Bay City Rollersの「Yesterdays Hero」でした。これは衝撃的でした。ディストーションサウンドに度肝を抜かれ(今聞くと軽いサウンドですがww)虜になったのです。ちょうど学校でも流行っているバンドでした。早速いろいろと聴き漁り、BCR辞典(笑)を買って勉強したものです。いまでも当時のレコードがあります。あ、後日CDで大人買いしてIt's Gameまでは揃えました。wwたまに聴きますが、なんとも甘酸っぱい青春の日々を思い出しますw
YouTube:Bay City Rollers/Yesterday's Hero

さて、BCR熱を上げていた中1の頃、NHKのヤングミュージックショーでローラーズのライブを放映しましたが、なぜかそこに居ないオーケストラの音が入っていたり、弾いている手と音が合っていないことに気づきました。いわゆる「口パク疑惑」ですw。ある日、夕方にやっていた「それゆけローラーズ!」みたいな番組で「僕たちが影響を受けたバンドです!」といってThe Beatlesの白黒映像が流れました。これが「Some Other Guy」だったのですが、かつてない衝撃を受けました。なんといってもライブ映像だったのです。おお!本当に演奏している! しかもなんかシンプルでカッコいい! その日を境に乗り換えました。そしてこのタイトルも知らない曲を探して、ビートル探求が始まったのです。結局、この「Some Other Guy」の音源を入手できたのは大学に入ってからでした。海賊版の音源だったからです。でもこの曲を探して全曲を聴きまくったおかげで、たくさんの名曲に出会えました。ビートルは私の骨格になっています。
YouTube:The Beatles/Some Other Guy

ローラーズからビートルに乗り換えたころ、父のギターをいじり始めました。私と同い年ぐらいの年式の安物ギターなので弦高が高く、無茶苦茶弾きづらいギターでしたが、それで稽古したおかげで他のどんなギターも弾きやすく感じたものです。当時はベースとギターの違いも判りませんでした。和音の理解もなく、ソロとコーラスの違いも聞き分けられないほどだったのです。ちなみに最初に弾いた曲は「Tom Dooley」という曲で、父が2コードで弾けるぞ、と教えてくれたものです。
YouTube:The Kingston Trio/Tom Dooley

最初はコードを覚えようと思い、コードブックを買ってきましたが、さっぱり意味がわかりませんでした。ギターコードにはローポジション(ヘッド寄りで押えるフォーム)とハイポジション(ボディ寄りで押さえるフォーム)がありますが、その違いもわからなかったのです。そもそも、弦高が高いボンボコギターではハイポジは押えられません。そこでブリッジを紙やすりで削って、エレキ弦を張りましたww(後年ブリッジを交換して、今はなかなか乾いた良い音のするギターになっています。まだ現役です!) 当時はアリスが絶頂の頃で、誰もがモーリスのギターを買って「今はもう誰も」のイントロを弾いていました。これができると「ギターのうまいヤツ」だったのですww ただ、Fが押さえられずギターをあきらめる仲間もたくさんいました。ここが最大の難所で、Fを乗り切るとギターを続けるようですね。
YouTube:アリス/今はもうだれも

さて、ある日、Fを弾いていてそのままスライドさせてみたところ、??はて、この音は、これに似ている??…なんと、Fでハイポジションを押さえると、ローコードのGとかAと同じ構成音になるということを発見したのです! これは革命的な発見でした。ここでコードブックを見直してみると、!!わかるのです! そういうことか! FとB♭のポジションで、フレットをずらせば、いろいろなコードを弾けることが分かったのです。といっても当時はマイナーとセブンスぐらいしか違いが聞き分けられなかったのですが…この発見で私のコードの幅は大きく拡がりました。中学3年の頃です(ディミニッシュとかオーギュメントとか、なんか計算式みたいなコードGm7-5とかを理解するのはずっと後のことになりますが)。とりあえず、マイナーとメジャーが弾ければ、ある程度の曲は弾けます。もともと、幼少期から聴かされていた、父と叔父がやっていたカントリー系の楽曲はほとんど3コードだったので、その和音の流れ、みたいなものはなんとなく沁みついていました。メロディーに対してコードがどう動くかは身体でわかる感じです。それからいろんな曲のコードを取り始めました。当時は何故かオールディーズをよく聴いていましたね。循環コード進行が多かったので取り易かったのでしょう。細かい装飾的なコードは取れませんでしたが、大きな流れは聴けば頭で取れるようになっていきました。今でもこの世で一番好きな曲はPetura Clarkの「My Love」という曲です。65年のヒット曲なので幼少期にどこかで耳にしていたのかもしれませんね。
まだベースは弾いたことありませんでしたが、この、コード進行を取りまくったことは後でとても役に立ちました。ベーシストはコードを知っている必要があります。単音でルートを弾いてもその上に乗る和音を理解して弾くことはとても大切だと思います。
YouTube:Petula Clark/My love is warmer than the sunshine

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後藤英智(ゴトウエイチ)

1965年1月生まれ。
若いころ10年ほどフリーのベーシストとしてキャバレーやホストクラブで演奏。
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