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なにか創るとうれしくて1914-これ聞いた人はどう思うんだろう

紫水勇太郎・清水 豊

株式会社4DT 代表取締役
株式会社ワークス 代表取締役
Spinart運営者


1966年、栃木県生まれ。

株...

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 ちょっといきなり唐突ですみませんが、私の楽曲に「1914」という曲があります。で、ふと思ったんですが、この曲を聞いた人って、一体どんな風に思うんだろうなって。
 え? 歌モノでしょ? だったら歌詞があるでしょ? だったらその歌詞に書いてあることに、そのまま単純に反応するだけなんじゃじゃないの? まぁそりゃ反応には善し悪しあるだろうけどさ…って、まぁ本当にそれが正論ですよね。歌モノ(つまりヴォーカル・パートのある音楽)だったら通常は歌詞があるわけで、歌詞があれば、それはもうインストとは違って、そこに明確な意味づけっていうのは言葉でされているわけで、とすればもう後は、それが好きか嫌いかだけのもんじゃないかと…。
 いやぁ、それがどうもそれだけでもなさそうなんですよ。この「1914」という曲、ひょっとしたらですよ、いや、別に聞いてくださるみなさんをバカにしてるとか、そういうつもりは毛頭ないんですけど、ひょっとしたら、この曲の歌詞、本当に意味不明なんじゃないかなと思って…。

 だって、いきなり冒頭から「七つの時は流れて」ですよ? 分かりますかね? 優しい人ならきっと、
「「七つの時」ってなんやねん!」
とか、なにか突っ込んでくれるかなとは思いますけど、普通は多分スルーですよねぇ。だって普通、「時」というものを「一つ」「二つ」とか数えませんでしょ? 普通は「1時」「2時」とか、ちょっと特殊な例とすれば落語の「時そば」みたいに、
「今何時(どき)だい?」
みたいな数え方もありますな。でも、少なくとも「一つ」「二つ」とは数えませんよね?
 つまり、多くの方がきっと、いきなり最初のここで意味不明になるんじゃないかと思う次第です。

 しかもその後につづくのが「サラエボで王子が死んだ」って話ですよ。
 ひょっとしたらほとんどの人が、そもそも「サラエボ」ってのが分からないかもって感じですかね?
 まぁ、20年くらい前に、ボスニア紛争と呼ばれるとっても凄惨な紛争があって、そのニュースでもけっこう出てきた名称なんですけどね…あ、知らない? その頃生まれてない? あ~そうですかぁ…。一応、中学生くらいの頃の歴史の教科書には出てきてたと思うので、ピンと来る方はいるかもなぁとは思うんですが、まぁこれは第一次世界大戦が始まるきっかけになったと言われる、サラエボの皇太子が暗殺された事件について書いたつもりでおります。
 つまりその事件が1914年だったので、それでこの曲のタイトルにつながるという次第ですね。

 でも、その後もずっとなんじゃらほいな感じかも知れませんよね。「定めの時は来たれり」とか「歓喜に湧く子羊」とか「巨大な龍」とか…。
 まぁこれを詳しく解説すると長くなるのでここでは省略しますが、つまり気になるのは、こういう意味不明な歌に対するみなさんの受け取り方ということなんです。

 これはまぁ予想ですよ。あくまで自分の予想です。多分、この曲を聞いてくださった方の9割方はそのままスルーして、おそらく聞き終わった数秒後には忘却の彼方ということなんじゃないかなぁと…。あはは。作った本人がそんなこと思っちゃダメじゃんという身も蓋もない予想ですが、例えば私自身になんらか強い興味があるとか、この曲の歌詞に出てくる単語の中になにか引っかかりを感じた方でもない限りは、きっとそういう反応になるのが普通なんじゃないかなと思うという次第です。

 とすると、「歌詞に出てくる単語の中になにか引っかかり」を作ることがものすごく重要ということになるのかなと思いますよね。それも、メジャーではなく、どこのウマの骨か分からないような者が作った歌詞であるのであれば余計に、そういった「引っかかり」を、初回聞いた時に一発で感じさせることが重要になるように感じます。

 それではその「引っかかり」とはどのようなものなのかということを考えてみましょう。
 どう思います? 真っ先に思いつくのが、(これはメジャーな曲で時々聞く話ですが)聞いた瞬間その曲の歌詞に共感してぶわっと泣いちゃいましたみたいな例は、おそらくこの「引っかかり」のもっとも効果的だった例かも知れないなと思います。つまり感情に作用した例かなと。
 どうしたらこうなるのかなぁ…と、考えてみると、こういう感情の動きというのは受け手側の事情がかなり大きく影響するようにも思います。例えば、その曲を聞いた時にちょうど自分にも似たようなことが起こっていて、その曲で歌われていたことが自分と直接結びついて、その上でその曲によってその状況が救われたような心持ちにさせられた…とか。
 とすると、そういった方を想定して書くという、西野カナさんや松任谷由美さんの手法は、極めて効果的な手法だったということも言えそうです。あらかじめそういった方々に向けて、想定した効果を上げることを目的として書かれた歌詞と言うことですよね…う~ん…高度だ。

 しかしそれだけでも説明が不充分な気もしますよね。他にどんなことが考えられるでしょう。例えば映画やドラマを見るように、その歌詞の中に物語を感じて、その物語に共感するというような…。これなんて、さだまさしさんの歌詞にものすごく多く見られる技法のように思いますが、この場合は、個々の単語の力がどうというよりも、全体での構成力がモノを言いそうと思いますから、ここで言う単なる「引っかかり」ではちょっと事足りないかも知れませんね。もっと高度な構成力が必要になるように思います。

 後はなにかインパクトのあるワードかぁ…。こう書いて真っ先に思いついたのがEarthshakerの「More」という曲なんですが、サビの、「ナイフを握りしめた 18の日々が蘇る」なんて表現は、そこに使われているワードの鋭さだけで一発で記憶に残りそうですよね。後、個人的に好きなところでは甲斐バンドの「ポップコーンをほおばって」の冒頭とか「観覧車」の冒頭とかも好きだなぁ。あ、でも厳密にワード単体の話ではないかも?
 歌詞全体の物語とはあまり強い関係性は感じないけど、その部分だけでインパクトがあって時々思い出すという意味では、佐野元春さんの「バルセロナの夜」なんかもいいなぁ…これはちょっと格言めいた趣も感じます。

 みなさんいかがでしょう。いろいろ考えると歌詞世界ってのは本当に深いですよね。それも、まだまだ知名度のない者が、既存の先行作品を超えるものとして作る作品としては、もっともっと考える余地がありそうと思います。少なくとも、ちょっと収まりがいいからと言って、過去に使い古されたワードを選択してはいけないのではないかと思ったりする次第です。

 しかしいろいろ考えれば考えるほど私の「1914」という曲の歌詞はダメダメだなぁ。分かりにくいからまったく共感できない上に、ワード的な強さももう一つかもと思います。もちろん、そういう目的で作ってないからというような言い訳はいっぱいできますけど、これを聞く側の立場で考えると、まぁ反省しきりでございます。
 ということで私も(いい歳こいて)まだまだ全然ということで…引き続き頑張りたいと思います…とほほ。

※ちなみに写真は、栃木県那須町・八幡ツツジ群落から撮影した夕方の那須連山。
※使用カメラ&レンズ:Canon EOS 50D + Sigma 10-20mm F4-5.6 EX DC HSM / EX DC

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「1914」はこんな曲です

「1914」はiTunes、Google Play、Amazon、Spotify等々、各種メディアでお聞きいただけます。
(試聴も可能ですので是非アクセスしてみてください)
iTunesGoogle PlayAmazon

こちらが問題の歌詞です(苦笑)。

1914
詞、曲 紫水勇太郎

七つの時が流れて
サラエボで王子が死んだ
“定めの時は来たれり”
歓喜に湧く子羊よ

 見上げよ大宇宙(おおぞら)を
 墜ちて来るだろう
 怒りに打ち震え
 巨大な龍

その年何が起きたか
記憶に深く留めよ
“七つの封が解かれた”
真実(ほんとう)の悪夢の初め

 見上げよ大宇宙(おおぞら)を
 墜ちて来るだろう
 怒りに打ち震え
 巨大な龍

倒れる大いなるBabylon
輝く聖なるJerusalem

 見上げよ大宇宙(おおぞら)を
 墜ちて来るだろう
 怒りに打ち震え
 巨大な龍

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