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なにか創るとうれしくて昔、洋楽に感じた違和感と「歌う」ということ

紫水勇太郎・清水 豊

株式会社4DT 代表取締役
株式会社ワークス 代表取締役
Spinart運営者


1966年、栃木県生まれ。

株...

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 初めて洋楽を聞いたのは多分The Beatlesとかジョン・デンバーの「Country Road」とか、いや、もっと前にニール・セダカとかプレスリーとかだったかな…とはいえそれらは単に聞き流してる程度で、それほどちゃんと聞いていたということではなかったと思う。では、ちゃんと聞いた、もしくは自分でも歌うことを考えたという意味でなにかと言うと、これが偶然というか、この時点からかなり後になってかなりはまり込むことになるDeep Purpleの「Smoke on the Water」だったりする。
 確か当時中学生。今も一緒に仕事をする藤田拓人さんが、面白い音楽だと言って、当時のドーナツ盤と呼ばれていたものを貸してくれたのが初めてだったと思う。
 で、そのドーナツ盤、A面にスタジオ版、B面にはライヴが入っているという、当時の常識からするととってもへんてこだなぁと感じる構成で、入っていたスリーブには英語の歌詞とその日本語訳が入っていた。

 さて当時の自分はと言えば、なんてったってさだまさしをはじめとする当時「ニューミュージック」とか呼ばれていた音楽を中心に聞いていた頃。なので、音楽と言えば基本的に歌うものであって、楽器のすごさなんてものはさっぱり分かっていなかったわけで、そんなことでなんとバカなことに、この「Smoke on the Water」を歌おうとしてみたりしたものだった。

 いやぁ今思えばホントにバカなことなんだけど、まずはそこに書かれている日本語訳をそのまま歌えると思ったんだよね。しかしもちろん全然ダメ。何度かトライして、
「なんだこれ、全然ダメじゃん。」
と投げ出して、それならと元の英詞をそのまま歌うことにトライし始めたという次第。
 でもこれもなにかおかしい…。どうやらそれまでに自分が知っている日本の曲のやり方だと全然メロディーがつかめない。なんでだろう…。ちょっと悩んだ。

「お〜! こ…こいつ、1番と2番で違うメロディーを歌ってやがる! それだけではなく、1番の中でも何度か出てくる繰り返しでさえ違うことを歌ってやがる! なんなんだこれは!」
 そうなんです。当時よくある日本の歌というのはメロディーがとってもはっきりしていて、そしてそれもきっちり音符に起こせるくらいに決まっていて、原則として1番と2番はきっちり同じメロディーを歌ってるものが多かった。で、この曲はまったくそうなっていないから、だからもう全然理解できなかったという次第。

 でね、もちろんこの頃には理解できていなかったんだけど、今になってこのことを思い出すと、これってつまりは「歌う」ということはなにかということにつながっているように思うということ。つまり「歌う」ということは、メロディーをなぞったりすることではないんじゃないか。
 例えばカラオケなんかだと、メロディーをきっちりなぞれれば高得点ということになるけど、もっとも重要なポイントはそこではなくて、「歌」とともにある「歌詞」に書かれている情景や感情等々に合わせて、バックの楽曲の上で自由に「表現する」「伝える」ということが重要になるということかなと。

 そのために使えるテクニックとしてポピュラーなところでは、強弱とかヴィブラートとかしゃくりとかがカラオケでも「上手く歌える人」の基本テクみたいに言われてるけど、それだけでなくて、場合によっては歌の入るタイミングや譜割も変えちゃっていいし、メロディー自体も変えちゃっていいと、そういうことなんじゃないかなと思う。
 まぁこれって、ブルーズ以前から伝わるアフリカ系音楽をルーツとするジャンルでは普通にあることかなと。ジャズなんて、演者によっては原曲がなんだったのか分からなくなったりするくらいだし。
 この感覚、今でもけっこうなかなか無い感覚だったりしないか?…なんて、前出のカラオケの得点評価なんてものを見ていると思ったりもする。

 これってなんでだろ?…とかちょっと考えると、ひょっとしたらベースには学校の音楽教育があるのかもなんてことも思ったりするけど、まぁそれは別の話としてまたいずれ書きましょう。

 こういう考え方ってダメかなぁ。
 つまり、例えば自分のオリジナル曲であっても、その日の気分で表現を変えちゃっていいんじゃないってことなんだけど…その方が、毎回同じ楽曲をなぞるように歌うよりなんか楽しくないか? 聞いてる方も、「今日のはすごかったね」とか「今日のはないよねぇ」とか「今日のはなんであんな風にしたんだろう」とか、その演奏に接する度に違う感じ方をすることができるかなぁと思うんだよなぁ。
 iTunes等で聞いても、ライヴで聞いてもまったく同じというものよりもはるかに楽しめると思うんだけど…どうなんでしょ?…品質をキープできないから商業的にはダメってことなのか?

 まぁこの辺の考え方は人それそれとは思うけど、少なくとも自分は、この辺緩く、その日の気分次第で行きたいなと思ったりして。少なくともその方が自分が楽しいし、話の種も増えていいんじゃないかなぁと思っているという次第。
 とうことで、毎回同じクオリティーは期待しないでね〜と保険をかけつつ、「クオリティーは下げちゃダメだろ!」という突っ込みを予想してみたりしてちょっとニヤニヤしてみます。

※ちなみに写真は、栃木県大田原市にある秋元珈琲焙煎所で撮影したもの。
 こちらの珈琲は本当においしいですよ。
※使用カメラ&レンズ:Canon EOS 6D + EF24-70mm F2.8L II USM

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