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Logo Mark連載記事

Logo Markなにか創るとうれしくてポンタさんとの「ありがたい」思い出 その2

紫水勇太郎・清水 豊

株式会社4DT 代表取締役
株式会社ワークス 代表取締役
Spinart運営者


1966年、栃木県生まれ。

株...

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「なんか、客席にポンタさんがいるらしいぜ。」
「え? マジ?」
「マジマジ。」
 前回書いた初めての邂逅から既に数ヶ月。その後リリースしたCD「crimson char」を送ってからもけっこう時間がたち、そんなことをすっかり忘れていたある日のライヴ。またそのライヴハウスのスタッフさんが楽屋に入ってきて言った。
「客席にポンタさんがいるらしいぜ。」
 それを聞いた自分の感情は当然だが前の時とはまったく違う。既に一度お褒めいただいているのだ。これはいつもよりさらに気合いを入れなあかん的に、前回のびびった感情とはまったく異なる、むしろやや入れ込み気味な感じでステージへ上がった。

 ライヴ後、また件のスタッフが楽屋に来る。
「お〜い、ポンタさんが呼んでるよ〜。」
「来た!」
 これも前の時とはまったく違う。メンバーに目配せしてニヤリと笑いつつ、前回とは比較にならない迅速さで楽屋を後にすると、ポンタさんがいるというそのライヴハウスの入口カウンターに向かった。
 かくしてポンタさんはまた、横にいる女性にややもたれかかりながら、完璧なほどの酔っ払い状態でそこにいた。

 ポンタさんの正面に立つ。目と目が合う。しかし今回は気持ちの余裕が違う。
「また見ていただいてありがとうございます!」
なんて、素直な自分を演出して見せちゃったり…あれ? なんか変だぞ? ポンタさんの表情がやや怖い。そして前回とはまったく違うトーンで言い始めた。あ、もちろん呂律はかなり怪しかったけど。
「おまえらさぁ…つまんねぇんだよ。もぉ〜。」
 一瞬なにを言われたのかさっぱり分からなかった。ただ「つまらない」と言われたのは分かる。
「あ…、あの、すみません。今日のライヴがですかね?」
「違うよ〜。」
 ポンタさんの反応は、明らかに酔っている割には早い。
「CDだよ〜。」
 頭の中は混乱しつつも頑張って立て直そうとグルグル考える。今CDって言ったか? ってことは、送ったCDを聞いてくださったということか?
「き…聞いていただいたんですか?」
「聞いたよ、バカヤロ〜。んなつまんねぇもん作りやがって。」
 うぎゃあ〜ダメ出しだ〜。しかもかなり不機嫌そう。今日はマジでヤバイかも〜。とは言えそこはメチャクチャ狭いスペース。そこにポンタさんと女性、うちのメンバー4人、さらにライヴハウスのスタッフ2人がいる。逃げ場なんてあるはずもない。どうしようと思いつつ恐る恐る聞いてみる。
「あ…、あの、どの辺が…?」
 その瞬間ポンタさんの目がぎらりと光ったように見えた。ヤベぇこと聞いたかも!
「バカヤロ〜、全部だよ全部。もぉ〜、ライヴであんな面白いことしてるくせにCDにしたらあんなこぢんまりしやがって! バカじゃねぇの? あんなの作っちゃダメだろ〜。」
 そのダメ出しはもちろん長くはなかった。口調もこんなじゃなかったかもなぁ…もっと穏やかだったかも;;;…あくまで言われた側の印象がこんなだったとご理解ください。ポンタさんは短くそういったことだけを伝えて、また颯爽と…いやフラフラと去って行った。唖然と残される自分たち。
「なにがダメだったんだろうなぁ…。」
 そこから帰りのクルマの中、途中の食事、そして帰り着くまで、ずっと悶々と言い続けていたことを思い出す。

「ライヴは面白いのにCDはダメって言ってたよな?」
 そう言っていたことに気づいたのはそれから数日後のことだった(遅い)。そか、あの日ポンタさんは再度ライヴを見てくださっていて、その上でCDを聞いた時のつまらないという感覚とのギャップを再度確認してくださったんだ(と、勝手に思ったり)…なんとありがたい。

 考えてみれば、当時自分たちのライヴはいわゆる一般のバンドのライヴとは異なり、例えば普通に話しかけるMCがまったくなかった。煽るような言動も一切無い。その代わり、楽曲から楽曲をつなぐストーリーのようなものを毎回決めて、それを表現するためのシナリオを書き、センターの田辺DISIR大介さんがそれを見事に演じて見せるというようなライヴだった。つまり、バンドのライヴでありながらちょっと演劇のような要素もあったという感じだ。
 その中で周囲の自分たちもほぼ一切お客さんに笑みを見せず、アプローチすることと言えば突然でかい音を出したり叫んでみたり、まぁ要はお化け屋敷のように脅かしてみせるなんて感じだった。
 まぁ自分は主にその脅かし担当だったので、例えばライヴ中に帰ろうとする奴なんて見つけようものならステージ上からそいつに「ガ〜!」とか言って脅かしをかけたりしてたっけ。で、一人に対してそれをやると、それを見た他の人はもう帰ろうなんて思わなくなるという…まぁ、考えてみれば酷い話w

 CDにはそういった要素がまるでなかった。単に曲を並べただけ。つまりは普通に、その時点でバンドのベスト選曲をレコーディングして記録しただけという代物だった…と、その時気づいた。
「そうか、あのCDは、うちのバンドを全然ちゃんと表現してなかったんだなぁ…。」
 それからしばらく凹んでいたのは言うまでもない。目の前には大量のCD在庫。売らなきゃいけないけど、この作品のなにがどうダメなのかをかなり明確に気づかされてしまって(それ以外に致命的に演奏が下手という話もあったんだけどねw )、なんかもう自分で聞く気にもなれないというような心持ちになったものだ(でもありがたいことにそのCDはそこそこ売れて、インディーズ・チャートで首位に立たせてもらったりとか、CDショップのインストアライヴに呼んでもらえたりとか、儲かったお金で古くからのファンと吉祥寺でドンチャンできちゃったりとか…いい思い出もたくさんあるけどねw)。

「ビデオを作ろう!」
 そう思い立って言ったのはそれからだいぶ経ってバンドの次回作についてのミーティングしている時のことだった。頭にはもちろんポンタさんに言っていただいた言葉が鮮明にある。つまり、楽曲だけでは表現できないものがあるのであれば、それを映像として見せちゃうしかないだろうと。
 しかしその当時はまだ今と違って動画作品を簡単に作れる環境がない。もちろん自分たちだけでは無理だ。できるのか? つか、それってメチャクチャ金がかかるんじゃ? お金ないよ…CDの儲けはこの間呑んじゃったしw なんて感じで話が進み、その後、お世話になっていた藤江JIMISEN博先生の多大なるご助力ご助言等もいただきつつ、これはなんとかやれるかもとなって自身初の絵コンテなんぞを書いてみたりしたという次第。

 それがその後にリリースしたVHSビデオ作品「29日目の鮮血」なんだなぁ。これもありがたいことにけっこう多くの方に見てもらったっけ…ということで、この作品が生まれたのは村上PONTA秀一様の、とってもありがたいお言葉のお陰であって、さらにそれは、今の自分にもしっかり残ってるんですよ、というお話でした。

 あれ? そういえば「29日目の鮮血」ってポンタさんに送ったんだっけ? 当時の状況を考えると送っただろうなぁ。でもこれには特にレスポンスがなかったような…まぁ、そうだよねぇ…こんなバンドにそんなにねぇ…かまっていただけるはずないですなぁ…あはは;;;
 それでもポンタさんってホントすごいしありがたい。
 こんな無名でどこの誰かも分からないようなバンドのライヴを(最初はきっと偶然かもとは思うけど)2回も見てくれて、さらにCDまで聞いてくださって、そして、あんなにへべれけなのに的確な助言をくださるんだもんなぁ。すごい人というのはどこまでもすごいんだなぁという、驚愕と感動も伴った思い出でございます。

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※ちなみに写真はうちの近所の田んぼで撮影した朝日。
※使用カメラ&レンズ:Canon EOS 6D + EF24-70mm F2.8L II USM

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