連載記事2025/08/11
なにか創るとうれしくて
私的オジー・オズボーンの思い出とヘヴィ・メタルについて
2025年7月23日の昼頃突然、うちの奥様(YouTube「うさぎのうみちゃんねる」のおばぁ)が、
「オジーが亡くなったってよ!」
と第一報。
慌ててネットを開くとそこには確かにオジーが亡くなったというニュースが。つい先日の7月5日に、最後のライヴをつつがなく成功させたばかりなので、その報はあまりに唐突なものと感じられ、正直ちゃんと飲み込むまでに少しだけ時間がかかった。
あ…「オジー」って誰だよって? まぁ、特に若い方は知らないかもしれないので少しだけ書くと(ちゃんと書くと超絶長くなりそうなので)、一般に知られている名前は「オジー・オズボーン」。ヘヴィ・メタルの黎明期から現在に至るまで活躍しているバンドBlack Sabbathのオリジナル・メンバーにして、脱退後も自身のバンドで数多くの名曲、メイパフォーマンスを残した稀代のヴォーカリストである。
しかし自分的に、オジーへの感情は少し複雑だったりする。
実は自分が現役だった頃、長いことオジー・オズボーンって嫌いだなぁと思っていたものだった。
あのポッチャリした体型。ガニ股で両手を高く上げてするバンザイ・ピース。前屈みになって両手をぱちぱち叩くアクション。そしてその声やコウモリ食べるとか喧伝された彼のパフォーマンス。
「これはギャグなのか?」
と、ずっと思っていた。メタルを舐めているのかと(まぁぶっちゃけオジーの方がはるかにメタルの元祖なんだけど)。
まぁこれは自分の勝手な思い込みが大きいんだけれど、ロック・ミュージックというものは反逆的な思想がその基盤にあるべきと思っていたし、ビジネス的なものやコマーシャリズムとは一線を画すものであるべき…なんて、今ではちょっと恥ずかしく青臭いことも思っていた当時の自分としては、オジーはおろか、KISSもアリス・クーパーも、ちゃんちゃらおかしなクソバンドと思っていて、いわば「ロックを汚す者」なんて思っていたものだった。
だからオジーのパフォーマンスはどうにも滑稽で、当時日本で言われていた「ヘヴィメタ」呼称による「メタルをバカにするな」的な論旨の元凶にいる存在と思えたものだった。
つまり「お前みたいな奴がいるからメタルがバカにされるんだよ!」的な憤りであった(てかさ、「Shot in the Dark」に「暗闇にドッキリ!」っていう邦題をつけた担当者、てめぇざけんなって今でも思うし…だいたい「The Ultimate Sin」だってなんで「罪と罰」なん?…バカなんじゃねぇのって思うけど?)。
だからBlack Sabbathもオジーの時代より、後にロニーが入ってからの方が好きだったし、今でもトニー・マーティン在籍時の「Tyr」が大好きだったりする。
しかしそれなのに楽曲を聞けばそれがそうも言っていられない感情に囚われる。
「Crazy Train」の素晴らしいリフ。「Mr. Crowley」のハーモニック・マイナーなメロディー。「Diary of a Madman」「Bark at the Moon」といった心にひっかかって離れない楽曲。「Crazy Babies」の重いリフやピックング・ハーモニクス…まだまだ数えきれない「ヘヴィ・メタル」を象徴する楽曲に満ち溢れている。
もちろんそれらの多くは、ランディー・ローズ、ブラッド・ギルス、ジェイク・E・リー、ザック・ワイルドといった、とてつもないギタリストを見出し共作したことによる効果が大きいだろうけれど、その共同作業を可能したのもオジーの力量の成したところなんだろうと思う。
つまり、当初正直かなりバカにしていたのに、楽曲を聞いていたらそれどころではなくなってしまっていた。それが「オジー・オズボーン」という存在なのだ。
しかし本人はおそらくそれを戦略的に行なっていない。
ひょっとしたらいつでも薬物やアルコールの影響下にあるのではないかと思わされるくらい言葉は不明瞭と感じるし、また自信なさ気だ。
その素の姿をドキュメンタリー「オズボーンズ」として全世界に見せたりして、これもまたいわゆるロック・スターのそれとは大きく逸脱した、「彼らしい」行動と思えた。
つまりその背後にはいつも奥様でマネージャーのシャロン・オズボーンの姿がちらついて見える。
ジョン・レノンにとってのオノ・ヨーコ。ロニー・ジェイムス・ディオにとってのウェンディー・ディオ…いや、その誰よりも強力な存在だったのだろうと想像するし、そのお膳立ての上で、しかし、その枠組み以上の作品を作り続けてきたのがオジーだったのではないか…なんてことも思ったりする。
また、これもシャロンの手腕なんだろうけれど、イベント「オズフェスト」がメタル界に果たした役割は極めて大きいと思える。
オズフェストがスタートした1996年当時は、メタル・バンドにとってとても厳しかった時代と思えるし、そんな中でこうしたイベントを主催し、以後数多くの若い才能を世に送り出した功績は、これからも長らく語り継がれるべき価値を持つと考える。
これだって、実際に動いたのはシャロンだろうけれど、「オジー・オズボーン」という、とんでもなく偉大な象徴がいなければきっと実現できなかっただろうし、また継続もできなかっただろうと想像する。
つまりオジー・オズボーンとは、ヘヴィ・メタルの黎明期からその礎を確立させ、さらにはソロになってそれを発展させ、ピーク・アウトした後には後進の育成に大きく貢献し、さらに晩年、メタルの原点を気づかせるような活動をした大偉人ということなのではないかと…彼が亡くなったという方を聞いて今、本当に思うのだ。
実は自分的には長嶋茂雄さんの大ファンでもあって、長嶋さんが6月3日に亡くなったと聞いた時にもだいぶ心に去来するものがあったのだけれど、こんな文章を書こうなどとはまったく思わなかった。なぜなら長嶋さんの評価は既に確定しているものだし、もうその偉大な道程はほぼ完了し、既に伝説と化していたから、いまさらその功績を誰かに伝えたいなどとは微塵も思わなかったものだ。
しかしオジーは違う。ついこの間まで現役だったのだ。ついこの間「ラスト・ライヴ」を大成功させたばかりなのだ。それもプロレス的なことが横行するメタル界では、引退すると言ってすぐに復帰してくる例は後を断たない。オジーだって確か2回くらいは引退宣言して戻ってきたように思う。だから今回も、またすぐ戻ってくるような気もしていたのが正直なところ。それが突然の訃報。本当に驚いたし、自分の中で整理をつけるのにしばし困惑した(そう言えば、オジーより何百倍も大好きだと思っていたロニーが亡くなった時にはこういう感情にはならなかったなぁ…なぜだろう)。
ということで、自分的にはメタル史上もっともメタルに貢献したと思える人、オジー・オズボーン。
それもただただ大好きだったわけではないのにやはりどうしても無視できないという複雑な気持ちにさせられる存在。
その訃報を受けて今思っていることを書いてみた。
自分的にあの世なんて信じてはいないけれど、願わくば、ランディー・ローズと再会してまた、新しい楽曲を作ってくれたりしてたらいいなぁなんて…やや月並みにも思ってみたり。
準備中