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Logo Mark連載小説・デッサン いろはにほへど(4)桜の木

平松将史

1957年3月8日生まれ。
岡山を中心に長年愛されてきたフリーマガジン「月刊CAMNET」の編集長。
日本におけるインターネットの黎明期からネットラジオ「radio ...

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 (俺が馬鹿だった)
 と、云うのも、実男が沖郎を逃がしたと知った時に、ここに実男の最後の言葉がつながって来るとは思いもよらぬことであったが為である。
 味善二階奥の座敷。
 「中村さん、飲んでますか、」
 「パアッといきましょう、パアッと、」
 「そうだな、」
 「どうかしたんですか、悪い知らせだったんですか、」
 とは辛島。既に、酔っている。
 「お前達、志士ハ溝ガクニソノ身ヲ有ルヲ忘レズ、勇士ハソノ首ヲ失ウヲ忘レズという文句を知ってるかい、」
 「何なんですかぁ、そりゃあ、」
 「よう分からん、」
 「んな、アホな、」「やっぱり中村さんさっきとちゃうなぁ、どないしはりましてん、」
 「何もない、」
 (阿呆くさ)
 「ささ、元気出してぇな、飲みまひょ飲みまひょ、」
 「お前、そりゃあ河内じゃないぞ京じゃないか、」
 「ばれましたん、こりゃあかんわ、」
 「飲むぞお、」
 「さあさ、ぐいっと、」
 何をくよくよ河端柳
 水の流れを見て暮らす
 「まァマッ、えゝお声やこと、すきどっせぇ、」
 「———」

 史邦が岡山に帰ったのは翌日のこと、朝一番の電車に乗るには乗ったのだが、八時間かかってしまって昼をだいぶ過ぎ、殆ど夕暮れに近い時間になってしまった。

 「ただいま、」
 と、玄関をくぐると、奥の暗がりから祖母が出てきた。
 「おばあちゃん、電気もつけんと、」
 「まぁ、どうしたんかな今頃、」
 「どうもせんョ、帰りとうなったから帰って来た、学校クビになったんと違う、皆はまだ、」
 「まだよ、」
 「そう、」
 と、言いながら座敷にゴロリと横になった。横らなるなり、
 「少し眠るわ、これ、御みやげ、」
 外郎を手渡し、そういって眠り込んでしまった。

 「おお、帰っとったか、」
 と、父一男が帰宅した時に史邦は目を覚まし起き上がった。
 と、父一男が帰宅した時に史邦は目を覚まし起き上がった。
 その部屋で、背広を脱ぎカバンを捨てる音を聞き取りながら史邦の視界の正面に父が座る。
 外の世界に対する鎧の大半が背広であるならば、ネクタイとシャツは未だ名残を留めている。
 母親は史邦が目覚める以前に既に家に帰っており、台所仕事にかかっていた。
 家の中には、史邦が帰ってくるまでは三人いた。祖母と両親である。弟の隆史は家を出ていて、この時期にはここにはいない。
 (おばあちゃんには知らせていないな、まあ、当然だろう)
 妙な具合だとは帰って来た時より感じていた。なんだか妙な雰囲気を察した。
 新聞を追う父の顔がある。
 厳しい顔付きだ。
 さびしそうだ。
 そういえば、まじまじと父の顔を見詰めたことがないようだと思ったその瞬間、その目玉がこちらを向いていた。
 「何だ、」
 史邦は狼狽した。
 (何なんだ、何で狼狽しなくちゃあいかんのだ)
 何でもないですと言おうとした瞬間に一男の声が重なってきた。
 「いつまでいる予定だ、」
 帰って来た理由すら一男は史邦から聞いてはいない。史邦が下関へと出立したのはついこの間のことで、まだ数えられる位の日数しかたっていないのだが。
 実に、この親子は良く似か寄っている。史邦が祖父五朗との間に保っている距離よりは近しいものかも知れない。いずれも、その性分として同種のものは持っているのであろうが。
 別に予定はありませんという由のことを告げると、
 「そうか、」
 と、一言漏らし、
 「明日、隆史から車を借りて学校まで迎えに来てくれ、」
 と、言った。
 夜半、二階の部屋にいた史邦のところへ一男が入ってきた。
 「よお、もう寝るか、」
 コタツに足をつっ込み、ゴロリと横になる。
 「実はな…、」
 と、結果を先に言う。
 「お前達に何も残してやれないこの屋敷もなくなった、」
 等々。
 原因、経過に付いては触れない。ただ、俺は義理でやっただけのことだ。
 千枝からの電話は事実を告げたものであった。
 史邦の叔父にあたる沖郎が家を失う直接の原因であったことは先に述べた。
 沖郎は、自ら学生時代に造りあげた会社からもやはり逃げている。
 立命館大学に在学中、同志の者数名と貿易会社を設立している。主に韓国貿易に比重を傾けていたらしく、当時大韓民国の大統領であった朴正熙の甥某氏と人脈を築き商売をしていた模様である。
 ところが、何年かして内部分裂が沖郎の周囲に出現し、妻と娘をかかえて岡山へ帰郷したのである。
 (やはり一度逃げた人間は駄目だな、ふんばりがきかん)
 と、史邦は思った。
 沖郎についてはいい。
 「しかし、六千万か、」
 (面白いのお)
 と、思ったのは二人同時で、この瞬間にこう感じることができるのは通常の感覚ではないかもしれない。
 が、二人は笑った。
 「馬鹿な話しじゃ、」
 「馬鹿々々しい、」
 「お前、いつむこうへゆく、」
 「ゆかんかもしれん、」
 「ゆかんでどうする、」
 「どこぞで働いてもいい、もともと大学へは何も期待はしておらんのだから、」
 と、云うのは、史邦にしてみれば大学で何かを学ぶと云う様なことはどうでもよく、ただ四年間を大学へ通うことで今までに決着をつけるということだけの意味でしかない。と云うことを言っているのである。
 「まあ、ゆけるのならば、ゆけ、学歴までは差し押さえには来んだろう、」

 翌日、学校へ一男を迎えに行った帰りのこと、さすがに現実に戻り、今後のことを思いやる一男の表情には厳しいものがあった。
 過去史邦の場合も一緒であった。誰がそうさせるものでもない。自分である。しかし、自分ではそのことに気が付いてはいない。
 史邦の場合、偶然硝子に写った自分の顔を発見してがく然としたのである。それが、やっとこの時期になって元の表情に戻ることができたと感じられる様になったのである。
 この日のことを後年一男は人に語っている。
 「あの時、史さんが言ったことで救われた様な気がした。何と言ったかって、あの時史さんはーーー、」
 こうである。
 人は車を走らせる為にリッター百五十円の経費を支払っている。それにひきかえ自分たちは今六千万の生活を送っている。リッター当たり幾らにつくかというと、もうこれは途方もない。これこそ優雅といわずしてどこに優雅があろう。
 「と、まあこんな調子で史さんは言っておったものよ、」
 数日間を史邦は家で過ごした。やがて、彼は学校に戻るのである。大学を続けてみる気分になったのは、一言で説明すればややもすると萎縮しがちな家族の中に活気を吹き込むことにあるということの一点に尽きるであろう。
 史邦は家を出る前にもうひとつしておかなければならないと思った。それは、祖母芳野に事実をそれとなく説明するということである。一男と佳子は当然のことながら芳野には何も知らせてはいない。けれども、芳野は既にその空気を察している。
 (ならば、もはや)
 と、史邦は祖母に打ち明けてしまおうと決意した。
 妄想は妄想をよぶ。更に、家族とはそうあるべきではない。
 そう思った。
 果たして、史邦は祖母に打ち明けた。
 「そんなことじゃろうて、」
 という言葉が返ってきた。
 「そういうことじゃ、」
 それから、と史邦はこのまゝ両親の嘘も方便を通してくれ、と付け加えた。
 又、何かあったら知らせる。まあ、どうなるにしろ何ということはないから、あんまり気にせんことだ、安心しておけばよいとも言った。


連載小説「デッサン いろはにほへど」をまとめて読む
(1)門出の花
(2)馬関へ
(3)陸援隊
(4)桜の木

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