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Logo Mark連載小説・デッサン いろはにほへど(6)惨風

平松将史

1957年3月8日生まれ。
岡山を中心に長年愛されてきたフリーマガジン「月刊CAMNET」の編集長。
日本におけるインターネットの黎明期からネットラジオ「radio ...

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 史邦が冨永の部屋で喋ったことは次のような内容のものであった。
 どちらにしても学祭の期日までは日数はなく、当たり前に企画をしていたのでは元もこもなくなってしまう。要は短期間の内に如何に多くの人間を一ヶ所に集中させられるかというだけのことであって、本来の学祭進行の手順はさておく、いや、むしろ本来あるべき姿である学祭の手順の逆を踏まなければならないかも知れない。本来、学生総員の基幹となる実行委員がその年の主題を念頭におき全体の方向づけをしなくてはならんのであるが、その最たる重要な主題を抜き去ることから始めなくてはならない。あくまで、後に続く実行委員、いや、学生総員の為の意識の前段階として。
 史邦は言う。
 「だから、今年の主題は『憂』でゆく、」
 『憂』というのはかなり消極的過ぎはしないかと思った史邦は、又、だからこそこれでいいのではないかとも思っていた。
 (主題からして変わっているからいい、皆の頭に疑問の種を植えてやれば後は各自で勝手に考えだすじゃろ)
 つまりは、今回『憂』の各員が後に続く者達へ問題提起をすることだけで、ただその一点だけで充分に意義を持たせることが出来るのだという。ただし、引き受けた以上は何らかの形に、短期間の間にもっていかなければならない。その方法として人を集めるという。
 人を集める為に、史邦はまづ、
 「おんなを集める、」
 と言う。
 「なんと、」
 至極簡単な発想である。
 男ばかりの大学である以上、女を集めれば我が大学の男どもは少なからず積極的な参加を見せるのではないか。男は女を、女は男を見るのが世の常である以上、女を集めれば自然男は群がるであろうし、女の側もそれはそれで頭数は増えるものだ。そういう単純な理屈から出た言葉である。
 史邦に言わせれば、各大学の実行委員は元より、その実行委員を通じサークル毎の交流を実行することにより、以前とはかなり毛色の違うものになる筈だ、と言う。事が成せばのことであるのだが。
 「これは二人でやる、」
 だから大学回りは重要なのだということであろう。それは学祭の前段階としての、いわば下地造りである。
 「しかし、来てくれるかどうか、」
 「来ぬなら来ぬでもえゝ、」
 「どういう意味か分からぬ、」
 「つまり、こうじゃーーー」
 というのは、やるだけやって、歩くだけ歩いてみて、それから先のことは結果に過ぎぬと史邦は言う。しかも勝算はある、と。
 「おんながぎょうさん来ると宣伝しときゃあ良かろ、」
 「つまりは来ぬと、」
 「来るじゃろ、」
 「だますんね、」
 「だましゃあせぬ、お前と俺とで引っ張って来る、」
 史邦は続ける。
 「情報じゃ、情報をどんどん流しちゃればえゝ、ここから出た情報でも、あっちから出た情報でも受け手はどこにでもおる。それぞれが集めた様々な情報を分析するのも又各人なりということじゃ、だからこっちからどんどんと有効な情報を送っちゃる、今回はおんながぎょうさん来るちゅうて情報を流してやるんじゃ、正確な情報ならば向こうから食いついて来よるし、で、なければ食いついて来よらぬ、こっちはやるだけやれゃあえゝんじゃ、後は向こう任せよ、」
 企画に付いては同じ理屈から弁論大会を中心に据えた。何故同じ理屈からかというと、話題性を持った企画を中心に据えることにより外部からの人間を集めようとする意図だからである。
 弁論大会は外国人留学生によるものとした。この企画を日本人でやってしまえば意味がない。
 「えゝか委員長、下関市下の全ての新聞社に電話をいれることじゃ、必ず飛び付いて来よるぞ、」
 「そうですかね、」
 「そうとも、余計なことは喋らんでえゝ、今回我が大学の学祭ではこれこれの企画があること、できれば見に来られよ、この二点だけを伝えれば、それだけでえゝ、」
 「どういう効果があるとですかね、」
 「分らぬか、」
 「さて、」
 「言うたじゃろ、情報じゃ、うちにゃあ予算があるちゅうてもP.A.とポスター作りゃあ後は何も残らぬじゃろが、それどころか赤が出るかも知れぬ、」
 「まあ、そげんことですな、」
 「ポスター等作らでもえゝ、その分他へまわす、」
 「ポスターは要らぬとね、」
 「要らぬ々々々、そんなもん学校にでも作らせとけ、」
 「しかし、ポスターなしというのは、人が集まらんでしょ、」
 「だから、新聞じゃ、」
 「しかし、新聞に広告出すだけの金がありゃあポスターの方が遥かに安上がりだと、」
 「金ははらわぬょ、新聞社にはただでやってもらう、」
 「そんなむしの好いことが実際できますかね、」
 「できる、見とれ必ず載る、」
 要するに世間の目を史邦達の大学へ向けさせようというのであった。目を向けさせる相手というのが下関二十七万市民だけにことは小さくない。しかも、その宣伝費用は一切かからず、どこの新聞社が関わるかはこの段階では分からないが、全ては新聞社持ちとなるのであるから面白いといえば面白い。このこと自体が既に企画の領分に入ってしまっている。
 目の前に置かれた材料を使って最大限に効果を引き出してやろうと思えば、自然こうなる、というのが史邦の頭の中に原理のようなものとして出来上がってきているようであった。
 又一方、サークル単位の交流を活発に行い、当面学祭毎に相互に協力をさす。当方に該当のサークルがなければ臨時に急遽こしらえてしまえばなんということはない。後はどうにかなるものだ。彼らの後押しに全力をあげる。その為には用がなくとも毎日のように各大学の実行委員室に顔をだすことじゃ、という意味のことを史邦は冨永に話した。
 とにかく、万事が万事この方法でゆくしかないであろう、与えられた材料で最大限の効果を産むにはこれしかない。
 (人においてでも同じじゃ)
 人間は与えられた環境の内でしか生きてはゆけない。与えられた環境の内で否応なく生きてゆかなければならない。現実が自分の意に反したもので仮にあったにせよ、それはそれ、自らの意に沿うように持ってゆくのはこれまた自らの成せる業である。と、史邦は自分を連中の内に混ぜて思ってみた。
 とりあえず、当面の学祭を効果のあるものにする為には、一個の持つ性質を如何に魅力的に引き出すかというその一点にしぼられると、冨永と話すうちに史邦の頭の中では、はっきりとした形となって浮かび上がって来るのであった。

 翌日から史邦と冨永の二人は大学回りを始めたのであった。
 下関には短期大学を含めて六つの大学があった。史邦達二人の籍がある東亜大学をはじめ、下関市立大学、梅光女学院大学、梅光女学院大学短期大学部、下関女子短期大学、水産大学校と二十七万市民の住む街としては構える大学の数は多いであろう。
 市大、水大とまわるうちに、
 (活気がない)
 と、史邦は感じていた。
 冨永と話す実行委員長の横顔を見ると、どの大学の委員長も一応はまともなことを言うが、どこか生気が抜け、又、人間的に光る魅力を持ち合わせているようには思われず、事務的な口調が続くばかりであった。血気盛んな年頃の青年らしくない。
 青年とは思われない。
 妙な具合に完成され、型破りの危なっかしさを感じることが出来ない。
 妙な具合に完成され、と書いたが、当の本人の意向らしいものをくみいれればのことであって、人間として順当に育ってゆく過程においては要らぬものである。いや、そういう彼らの今後を思えば、かえってその意識が障害となるに至るはいうまでもなく、しかもそのことが想像するよりも計り知れない悪影響を及ぼすであろう。いや、自らを完成されたものと誤って意識していたのではなくて、既に体質となってしまっているのかも知れない。
 いうまでもなく、若者には若さが不可欠である。自然な、持つ、若さがあってからこそ若者である。既成のものを打ち砕くだけの勇気を持った者にしかその称号はふさわしくない。人生のうちで一番多感なこの時期に、若者の称号で自らを呼べない者は単なる幼児である。単なる幼児に、決して、なるべきではない。自然の風景をも自らの意のまゝに造りかえるだけの気迫を持っている方が、自然なのだ。若者の仮面を、いくら姿形が似ているからといって、決してかぶるものではない。そういう者は誰からも若者と呼ばれはしないのだ。
 史邦はそう思うのであった。
 当面のことはさておき、
 (いずれ)
 いずれどうするのか、あるいは、何をどうするのか、又、何をどう感じとったのかは分からない。しかし、今後の彼が向かってゆく方向が目鼻をもって現れて来たことに違いはないのだろう。

 その日、冨永と史邦はいつになく割りと早い時間に大学へ戻っていた。クラブまでは間がある。
 図書室の前の長椅子に腰を降ろし、講義に顔を出すには中途半端な時間を持て余しているところへ、例の陸上部の連中達が問題にしている二人が通りかかった。
 「中村さん、」
 と、史邦の姿に近寄って来た。
 講義を途中で抜けている。
 「よぉ、講義には出とるか、」
 と、聞くと、出るには出ているが、もうひとつ皆とはなじめないと言う。
 「原因は一応分かっているんですがね、」
 「ほう、」
 「僕の方にあるんです、」
 「と、いうと、」
 史邦はまじまじと顔を見た。
 「この顔ですから、」
 (おかしい)
 確かに顔は普通人のものではなく、蒼あざと腫れとで朽ちていた。
 剥れている。
 「こりゃあひどい、」
 傷んだ柿を手にとって見るように、史邦はその首を手にのせた。朽ちたところを押してみる。
 「痛いか、」
 痛いのは、当然である。
 だから痛いと悲鳴をあげた。
 それにしても、史邦は馬鹿げている。まるで阿呆のなりをして、ここは痛むか、ここはどうだと次々に朽ちた顔をつついている。知らぬ者には異様な光景に映るであろう。
 「そうか、」
 ひとたびおゝきく息をすると、やがて、離れた。
 「どうしたのだ、」
 とは聞かない。
 「誰だ、」
 そう、聞いた。史邦の表情は既に先程のそれとは異なり、悲しそうにさえ見受けられる。きびしさが顔にあった。
 「———」
 「やったのは誰だ、と聞いている、」
 「それは、」
 と、後が続かない。
 史邦は以前にも彼ら二人と学内で擦れ違ったことがあるが、学祭の仕事で忙しくて走り回っていただけに、今思うとその時の彼ら二人も同じ様な顔をしていなかったかと感じるのであった。
 (二度目か)
 三度目である。
 顔が朽ち蒼く剥れているのは三度目である。しかし、幾度となく彼ら二人は相手によって危害を加えられている様子である。
 その相手であるのだが、
 「それは、」
 寮の上級生であった。
 東亜大学に寮が二つあることは以前にも述べた。
 大学の正門を向かって左に少しばかりのぼったところに二つの寮があるのだが、上が萌友、下が恒友、どちらも『寮』という文字が下に付かず、『塾』となっている。
 寮の上級生、というのはこの場合萌友塾の上級生であり、史邦が住む恒友塾のことではない。
 「中村さん、聞いてくれますか、」
 その男は、いわば史邦の許容量の大きさに自らの防備を急ぎ取り壊したかのように、既に感情の高ぶりを抑えきれぬ表情であった。
 男は一度口を開くと次から次へと言葉が連なり、彼の一言々々がそれまで我慢に我慢を重ね、泣く時を失っていた涙と共にこぼれ落ちてくる。
 一人は史邦と同郷だと言う。島田本町だというから、島田地下道近辺だと史邦は街並みを連想した。
 (よう我慢したのぉ、女々しくはない)
 涙がこぼれるその男の顔は、それでも口をへの字に曲げ、事実がひとつでるたびに確認している。
 史邦はといえば、何が何だか分からないまゝに、目の前におかれた状況にやたら感心している。ただ、あゝだこうだと言わず無言で殴られているその男の姿勢に感心しているだけである。むしろ、潔さすら感じているようだ。
 史邦にはこういうところがある。まず、その場の雰囲気だけで全てを察し、後から理屈がついてくる。この場合も、だから訳の分からないまま、むやみに感心していたのである。体の内でぼんやりと姿を現し始めた映像が、さて、この先どちらへ流れにじんでゆくものなのか、或は、どういう形状を示すものなのか、最初の一滴がらじみはじめた時に、既に全体を把握してしまっている。そういう能力をこの男は持っている。しかも、ほぼ正確に全体像を射抜いているのである。その能力は天性のものとしか言いようがない。
 さて、無言で殴られ続けていた男の話しである。
 「理由はありません、」
 原因は、これといったものなど何も存在してはいない。しいて原因をあげるとすれば、それはこの男の持つ雰囲気のせいとしか言いようがなく、他に何も原因といえる原因などありはしなかった。いわゆる、ここにあるのが『いじめの構造』なのか、
 (馬鹿な、)
 と、史邦が思ったのも無理のない話しである。
 「そんな馬鹿な話しがあるか、誰だそいつは、」
 「三回生なんです、」
 「だから、三回生の誰だと聞いている、」
 仏頂面である。いらだたしさを史邦は覚えている。
 「三回生の佐藤さん、」
 「サトウでいい、」
 「———、それに、」
 複数である。
 「なにぃ、立派な集団いじめだ、そんなことをしたら死んでしまうことだってあるんだぞ、」
 「二回生のーーー」
 「もうえゝ、」
 「———」
 (許さぬ)
 理由はどうであれ、複数対ひとり、しかも複数なのが上級生だという力関係だけでも許される問題ではない。ましてや無抵抗の者に対して、
 (許しはせぬ)
 彼ら上級生は最近では毎夜やってくること。毎夜やってきては如何にその腕力を振るうかということ。事細かく男は喋る。喋っては、自らの惨めな姿態に涙する男。その嗚咽を目の当たりにし、既にこれは自分の問題であるとしてしまう史邦。
 「いつだったか、雨が降っていた日のことです、その晩、」
 と、その男は語り始めた。
 雨の降っていたその夜、彼ら上級生達はその男の部屋の扉の前に立った。
 「岡、」
 と、鍵のかかったノブに手をかけて大声で呼ぶ。いや、呼んだのではなく恫喝である。
 「おるのは分かっとんゾ、開けんかこらっ、」
 岡は別段隠れていた訳ではなく、半ば諦めにちかい溜め息をもらし、空白の頭をめぐらせていただけのことであった。
 「わりゃあ、しごうしたろぅか、」
 扉を蹴るは叩くはでかなり執拗に鍵を開けろとうるさい。
 (うるせぇのぅ、馬鹿が)
 扉を開けることによって岡が受ける理由なき制裁は誰の目にも明らかであった。おそらく隣近所の扉の内側でその気配に注意が集まっているに違いないが、それでも、いやそれだけにと書いた方がこの際適当か、静まりかえっていた。静まりかえった周囲とは対称的に岡の部屋の雰囲気だけは異様なものになっている。
 「えゝかげんにせぇよ、わりゃあ、」
 岡がノブに手を掛け扉を開けたのは騒々しい上級生達の姿に惨めさを感じたからであった。少なくとも先輩であるならばそんな真似はするべきではなく、殆ど無意識の内に扉を開けることで彼ら先輩達の惨めさに終止符を置こうとしたのである。しかし、新たに惨めな上級生達の惨めな光景が展開されるに過ぎぬことではあったが。
 鍵を開ける。
 と、扉は息せき切った彼らの力で放たれた。
 部屋に飛び込んで来たのは三人。三人の視線が岡の肢体を捕らえた。
 (まな板の上の鯉か、好きにせぇ、)
 事実、こういう状況になってしまえばこの後いつ腕力を振るわれようが時間の問題である。彼らの目的はそこにあるのだから。
 逆に岡の部屋に乱入した上級生にしてみれば殴りかかろうと思えばいつでもできる状態であるだけに、まずは実行動は採らない。物理的に傷めつける前に精神的に傷ぶってやろうという魂胆であるらしかった。
 無言の圧力をかけている。威圧である。或は発端を捜しているかのようだ。やがて、岡が口を開くであろうその時まで待つつもりでいる。岡に最初に口を開かせる。口を開かせることによって、岡に対して彼らの目的である腕力行使の糸口を見いだすのである。と、同時にそれまでの間、彼らは岡に圧力をかけ続けることにより精神的に自分達を目的物のうえにくまなくおゝいかぶせるのである。
 無言の圧力が続く。
 侵入者達は互いに目で会話を交わしている。
 「何ですか、」
 やがて台本どおりに岡が口火を切った。
 「なんも、何もありゃあせん、」
 侵入者の一人が言う。小馬鹿にした口調である。
 一人が岡の顔を、
 「何もありゃあせんがな、」
 と、怒鳴りながら一発みまった。
 「ほうょ、ほうょ、」
 と、また別の一人が調子をとる。調子をとりながら無抵抗の岡を二度三度殴りつける。
 と、その時。
 「えゝ加減にせえょ、おどりゃあ、」
 岡が吠えた。
 岡が無抵抗でさんざん今まで傷めつけられてきたことは先に述べた。その彼が一言吠えたのである。おさえにおさえたこの男の感情が一言吠えることで爆発したのである。
 「えゝ加減にするのはお前の方じゃ、」
 正面に構えた男の右腕が岡の顎をとらえた。次の瞬間に、背にした備え付けの机で岡はしこたま腰を討ちつけ、倒れた。倒れる瞬間に岡は頭に三人の侵入者の姿を焼きつけた。
 (勝てるかもしれぬ)
 「わりゃあ外へ出ぇ、」
 岡は倒れこんだその場から、侵入者三人によって殆ど担ぎ出されるようにして部屋から連れ出された。廊下に人気はなく、両側に並ぶ扉の内側にいる筈の同じ一回生たちの反応はなかった。
 「うえじゃ、うえじゃ、」
 と、中の一人が先導する。
 上とは屋上のことであるらしく、次々と段を登ってゆく。
 大学の寮はモルタル四階建ての構造になっており、収容人員百名、全室個室で、一回が食堂となっており、二階以上が学生の寄宿舎である。二階、三階、四階の三つのフロアーに百名の人員でそれも個室であるから、一フロア—、廊下をはさんでかなりの扉が連なっている訳である。史邦が最初にここを訪れた時の印象が、鶏舎の如く、であった。
 階段を登り、次の階を通過するたび、岡の部屋がある階とは当然のことながらその雰囲気は違ったものであった。廊下に出ている者や扉を開けた部屋の者達。彼らは事の次第を岡と三名の上級生が通過するその姿を見るまでは、やはり誰も知らなかったのであった。しかしながら、事態を把握した者達の表情は、一回生は一回生のものとして、上級生は上級生のものとして、各々の表情で各々の立場を明らかにしていった。
 この寄宿舎の学生の構成は、総員六十余名の内五名の上級生を除き、五十名程は全て一回生によって占められていた。おそらくは、五名程の性の悪い上級生によって五十名余りの人間が牛耳られているのであろう。情けない極みではあるが、事実だから仕方ない。
 屋上の扉が音を立てて閉まる。
 折しも外は雨。
 岡を取り巻く人間の数はいつしか三人から五人へと増えていた。
 (クソッ、三人ならば)
 「佐藤さん、こいつどうします、」
 と、中の一人が振り返りながら喋った。
 「———」
 屋上出入り口の闇の中に佐藤は立っていた。無言である。
 岡は連中四人が囲む内に尻もちをついた格好になっている。その岡がやおら体勢を立て直し、あぐらをかいた。あぐらをかいて、一度大息をつくと、決心したかのように佐藤の立っている闇に向かって吠えた。
 「クソーッ!好きにせえ、」
 四人は一瞬間をおき、暗に佐藤の表情を伺ったようにも見えたが、次の瞬間、
 「おう、好きにしたるわぃ、」
 と言ったのを皮切りに、一度に岡に襲いかかった。
 にぶい音のするその場所に、雨は降っている。


連載小説「デッサン いろはにほへど」をまとめて読む
(1)門出の花
(2)馬関へ
(3)陸援隊
(4)桜の木
(5)憂
(6)惨風
(7)思案
(8)思案その二
(9)物情騒然
(10)刺客
あとがき

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平松将史

1957年3月8日生まれ。
岡山を中心に長年愛されてきたフリーマガジン「月刊CAMNET」の編集長。
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