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Logo Mark脳内伝言板音楽に救われる 2

白砂勝敏(Shirasuna Katsutoshi)

1973年生まれ 静岡県出身 造形家/演奏家 農業高校造園科卒業 美術音楽共に独学。
パーカッション ディジュリドゥ奏者。

二十代前半人生は一度きりだと腹をくく...

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「朝起きてピアノを弾き始め、電気も点けずに、夜寝るまで弾き続ける奴がいる」とか聞くと一般的にはおかしくなったと心配され、親に病院へ連れていかれそうになったなんて笑い話もある。その頃付き合っていた友達は殆どの奴がそんな感じだった。友達が遊びに来ても、話ながらもずっと楽器を弾いている。中にはあいつの所に行ってもずっと楽器弾いてるからつまらないという声も聞こえるが止められないのだから仕方ない。そういう気持ちは良くわかる。

当時同じようにコンガを練習している友達が何人かいたのでそういう面では恵まれていたと思う。バンドの練習はメンバーの自宅にスタジオがありそれほど大きな音でなければ夜12時位までは練習できた。スタジオには皆夕方位から集まり始める。来れるメンバーが来てセッションして帰るみたいな感じだが内容は結構濃いものだった。自分のほかにもあまり演奏は上手くないが面白い奴だからという理由でバンドに加わっているメンバーがいたので、大抵はそういう仲間と皆が来るより2時間くらい前にスタジオに入りメトロノームに合わせて基礎練習をしていた。メンバーが集まり始めるとセッションに混ざりながら多くの事を学ばせてもらった。ただどうしたらいいとか現実的なアドバイスは殆ど無く、良ければいいと言われ、悪ければダメだと言われる。何がダメなのかは教えてくれない。というよりもそういうものは言葉では教えられないという事を今なら理解できる。基本的にダメ出しだったが、それでも毎日通った。

あと私の場合は特にセンスが無く、基礎練習だけを2年程やっても基礎練習が上手くできないというグダグダぶりだった。だから他のカッコいいフレーズ(オカズ)なんか練習する余裕も無く、ただ時間だけが過ぎていった。それでも下手でもずっと叩いていると、コンガ(太鼓)の皮が手に纏わりついてくるような一体感を感じたり、一瞬こうかもしれないと何かを掴みかける様な心地良い事もあった。まぁ一つ乗り越えてもすぐに次の壁にぶち当たるのだけれども(笑)。

バンドに入って二年半が過ぎようとしていた。本当に才能無いなぁ〜と感じ始めた頃、不思議な感じを得始めた。頭に浮かんだフレーズを次の瞬間叩けるようになっていた。基礎のフレーズから瞬時に思いついたオカズを出せるようになった。この時初めてスタート地点に立てたような気がしたのをよく覚えている。
音楽として成立しているか否かは別として、こうなるとただ叩いているだけで楽しくなる。段々と自分の音楽性みたいなものが芽生え始めたという事もあるが、別段大きな理由もなかったがバンドを抜けた。ファミリーみたいなバンドだったんで、今でもかなり付き合いはあるけれど。

今振り返ると、人生の流れがアートの方向に流れ始めていたのを直感的に嗅ぎ分けていたのだと思う。だから明確な理由もないのに自然な感じでやめたんだと思う。それでも、この時はまさかアートが生業になるとは米粒ほども思っていなかったのだから人生ってメチャクチャスリリングだ。

結局音楽にのめり込んで3年程経った頃、ヒョンな事からアートと出逢って人生が急展開していった(笑)。
アートに出逢ってからの数年間は音楽からは少し距離が離れていた。それから数年後作家の集まる飲み会で久しぶりにディジュリィドゥに逢うまでは。

太鼓を叩いている時と植木屋時代に松の木を手入れしている時は頭の中が真っ白になる感じがして、つらい事を忘れられた。要は何かに凄く集中するとそういう感じになるのだと思う。辛い事が頭から離れない様な時こそ、私は太鼓に救われていた。上手く言葉に出来ないが、そういった感覚を何度も経験するうちにネガティブな感情を抱いてもすぐさま振り切りポジティブに変えられるようになっていったように思う。

私の周りのミュージシャンは多かれ少なかれ皆、音楽に救われているように感じられた。ある程度習得するだけでも膨大な時間を費やす。だけど例えば人生の2年間を棒に振る覚悟で音楽に向き合えたら、その後の人生を豊かにしてくれる可能性は容易に想像が付く。残りの人生が長い程楽しめる。言葉が通じない相手とでも通じ合う事もできる。音楽という一つの言語を覚える事で世界中のミュージシャンと会話できるのだ。

                 音楽に救われる(3)へ続く


BRAIN II 【未来の記憶】より

【しるべ】

凡庸な自分にはどれだけ耳を澄ましてみても天からの声は聞こえないから

全身の感覚を駆使して物質からうける何かを感じ取り対話するように彫り進む

一つの役目を終え自然に帰るまえに自身の手を加えもう一度新しい何かを吹き込めることがとても嬉しい

それはある種の傲慢なのかもしれないが何だか少し豊かになったような気がする

        K,shirasuna

【brain】

水彩 インク

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白砂勝敏(Shirasuna Katsutoshi)

1973年生まれ 静岡県出身 造形家/演奏家 農業高校造園科卒業 美術音楽共に独学。
パーカッション ディジュリドゥ奏者。

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