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Logo Mark 脳内伝言板 アトリエ願望 1

白砂勝敏(Shirasuna Katsutoshi)

静岡県出身、造形家/演奏家。
農業高校造園科卒業、美術音楽共に独学。
美術家、演奏家、パーカッション、ディジュリドゥ、ムビラ奏者。

20代前半人...

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アトリエへの願望というか仕事しやすい環境創りがとても楽しい。思えばアートに出会う前は(子供の頃)ガレージに憧れていた。小学生の頃は自転車いじりにハマリ、高校生になるとバイクいじりにハマっていた。幸い実家に使っていない納屋があったのでそこで暇さえあればいたずらしていた。古いバイクを手に入れてはバラして磨いたり、モトクロスにハマっていたこともあってエンジンのことも良くわからないのにバラしてみたり。でも整備士になりたいとは思ったことなかったなぁ。バイクいじりも好きではあったが、どちらかというとイジルより乗るほうが好きだった。直さないと動かないので乗るためにいじっていた感じだった。

話がいきなりそれてしまったが、気が付けばいつもアトリエを改造している。色々な作業をするのでその都度その作業がしやすいように棚を付けたり外したりテーブルを増やしたり減らしてみたり。きっとそんな事している間に実質的な作業を進めた方が早いのかもしれない。でも今ここに棚があったら楽だなぁと思うと作業を中断しても棚を創らずにはいられなくなる。もはや作品制作と同じ感覚なのでとても楽しくなるのだ。

アートに出会った頃は実家を出て狭い借家住まいだったので、作業場が無くて結構困っていた時代があった。それでも創りたい願望が強く、凄く狭い所で無理やり制作していた。そうやって推し進めているうちに、応援してくれる人が要所要所で現れた。本当に有難い事だ。取り分け有難かったのは、コレクターの方が、農家の納屋と畑の片隅を無料で提供してくれたことだ。いまだに幾つか大きい作品を置かせてもらっている。その人は「一番最初に作品が見れる事が何より楽しいから」と言っていた。気に入ったものがあれば購入もしてくれた。そうやって色々な人に育てられてきた。その頃は1m〜2mくらいの木彫刻作品を主に創っていた。展覧会で作品を見た人が、「こんな作品創れる大きなアトリエがあるんですね〜今度遊びに行ってもいいですか?」とよく言われた。その度畑の片隅で創っているというとみんな???な感じになっていた(笑)。畑にはもちろん電気も来ていないので中古の発電機を、1万円くらいで手に入れたんだけど、それがあまり調子が良くなくて毎回彫刻作業に入る前にまず発電機の修理をするみたいな感じだった。よくもまぁへこたれずにやっていたもんだ。今もそうだけれど、その頃も作品を創れることの幸せを本当に感じていたから、諸々ひっくるめて楽しかったんだろう。

それともう一か所、そこはNPO法人がやっている大規模な陶芸の施設があって月に5000円で自由に使える場所があったのでそちらを借りていた。昼間は色んな人が作業しているので私は夜にひっそりと作業していたなぁ。陶芸の施設なので何日も窯を焚いたりすることがあるので基本24時間使えることと、山の中の工業地帯にあるので夜中でも結構な音を出しても大丈夫だったので、夜でも電動工具を使うことが出来た。それでも大衆的な場所なので、あまり目立たないように気は使っていた。私はいつも誰もいなくなった夜9時くらいから朝5時半くらいまで作業していた。6時くらいになると早い人がくるんでその前になるべく痕跡を残さず切り上げていた。だから皆なんとなく私の存在はしっていたのかもしれないが、見ないものとして扱ってくれていた感じだった(笑)。

後は借家の狭い部屋と狭いテラスで制作していた。こちらは時々無理やり大きいものを創ることもあったけれど基本的にはアクセサリーなどの小さいものを制作していた。石を切ったり磨いたり、金属加工など。狭いアトリエでもそこから生まれる無限の可能性を信じてやまなかったし、私的には制作環境で作品は変わることはあるのだろうけれど、そのことと作品の良し悪しは関係ないという事にも気が付くことが出来た。

そうやっていくうちに作業場が3か所になった。作業する場所に困っていたころに比べたらかなりの進展だったが一つ難点があった。それは道具など忘れ物をすると、どこへ行っても往復で1時間以上かかってしまうということだった。これがまた気を付けていても必ず何か忘れものがあるというなさけない現実。そのうち安くて広い場所を探そうと思い始めた。

それとその頃はアートの中心(場所)てどこにあるのだろうと考え始めていた。ようはどうせアートをやるなら例えばニューヨークとかその時代の中心地で活動したほうがいいのかと思っていたから。だからアート関係者に会うたびに今アートの中心はどこにあると思いますか?と聞きまくった。その中にはかなり先端で活動しているキュレーターなどもいたけれど誰に聞いても「わからない」という感じだった。私が推測するに中心がコロコロ変わる時代というかどこにいても中心になりえる時代になったのかなぁと。もちろん今なら誰がみてもそういう事なんだろうけれどその頃はまだスマホがここまで普及し、ここまで情報が飛び交うとはリアルには思えなかった。それでもなんとなく予感はあった。辺鄙な田舎でも発信すれば中心になれるのかもしれないと。2年位の間アートの中心についてと安くて広い場所をさがしていることを色んな人に話した。

ある時友人の陶芸家が広い空き家があると連絡をくれた。
知り合いの知り合いの知り合いが大家さんと繋がっているというのでその細い糸を手繰るように大家さんを紹介してもらった。それは築150年の古民家だった。4〜5年誰も住んでおらず床が抜けたり二階はあるのだけれどとても使えない状態だった。大家さんがとても良いひとだったし、屋根だけは大丈夫そうで雨漏りもなさそうだったのと、お客さんを呼びたいと思っていたのでトイレは水洗が良かったのでそこもクリアしていた。また自分で廃材などを使って好き勝手直していいというので、時間と手間は膨大にかかりそうだがなんとかなりそうだった。大変そうではあったが、なんだか面白そうだし思い切って借りることにした。

まずはお風呂と台所と寝る部屋を直し、引っ越しを決行した。寒い時期だったんで虫もいないしタイミングとしてはとても良かったし、ちょうど近くのギャラリーで個展を開催していたので会場に行くついでに少しづつ荷物を運んだ。そこからは片づけと補修の日々だったなぁ。とはいえ展覧会も月に何本か入っていたので、展示と作品制作の合間をみて少しづつ手を入れていった。結局それなりに住めるようになるまで3〜4年くらいかかっちゃったけど。

広いってだけでなんかすごい解放感があった。それだけでこんなに嬉しくなるもんなのね。まぁ私はモノ好きなのと、なぜか色々な物が集まってくるという不思議な現象が起こるので、あっという間に狭くなっていくんだけど…。

アトリエ願望 2へ続く


アトリエ願望 1
アトリエ願望 2

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白砂勝敏(Shirasuna Katsutoshi)

静岡県出身、造形家/演奏家。
農業高校造園科卒業、美術音楽共に独学。
美術家、演奏家、パーカッション、ディジュリドゥ、ムビラ奏者。

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