2024/08/21
ヘヴィメタル、プロレス、モータースポーツをこよなく愛するマーケター。
常に、カスタマー(お客様)の心を揺らし、「ステキ」創りをストーリーをもって実現することで成功に導く活動をしてい...
野林徳行です。
「Spinart」にてマーケティングコラムの連載をさせていただいています。
アーティストのみなさんと接する機会も多いのですが、どんな人の心を揺らしたいのか、何を感じてほしいのか、人に言いたくなってしまうことはどうしたら起こるのか、そもそもあなたのアートによって人はなぜ幸せになるのか…答えは1つではありません。でも、常に考えていたいですね。そんな皆さんのヒントになれば幸いに思います。
109回目のコラムです。例年より一段と暑い夏ですね。ビールの海に沈んでいたいです。ところで大手ビールメーカー各社のTVCMはほんとうにおいしそうですね。みなさんは、スーパーやコンビニに行ったときにさっきのおいしそうなビールのTVCMの銘柄を思い出せますか。みんなおいしそうながら同じような印象を持ってしまいます。キレがいいとか、糖質オフとか、ノンアルとか、特徴が違うのになぜか同じ印象になってしまいます。そんな中で、アサヒビールの「スーパードライ生ジョッキ缶」は、TVCMで見たままの体験をしたくなるので指名買いしてしまいます。外観は一般的な缶ビールですが、蓋を開けると、飲食店で提供される生ビールのような泡が楽しめるビールです。2021年4月に発売されましたが、あまりの好評ぶりに一時出荷が停止されるほどの事態となった商品です。私が顧問をしているノベルティ製作の会社「聡研プランニング」で、毎月マーケティング事例共有をしています。以前にもそこで共有された日清食品のレポートを書きました。今回は、この「スーパードライ生ジョッキ缶」の事例が共有されましたので、書いていきます。
「スーパードライ生ジョッキ缶」が誕生したきっかけは、徹底的なお客様中心のマーケティングでした。そしてネットアンケートとかグループインタビューではなくて、1人1人の言葉を大事に1人にインタビューするデプスインタビューの手法にこだわってお客様のニーズを導き出しました。さらに、その結果に、過去に開発されながら眠っていた2つの技術を活用できたことが勝因です。
デプスインタビューを進めていくと、「缶ビールは手軽に飲めて良いが、お店で飲むビールとはちょっと違う。気持ちの盛り上がりに欠ける」という声が多数あったそうです。もしかしたら新型コロナウイルス感染症によって外食の機会が減り、家で飲むことが多くなった時にそうした感覚がより増幅したのかもしれません。私も多くの企業のマーケティング顧問をしていますが、大事なことは集計結果の円グラフよりも、お客様の感情などが見て取れるフリーコメントの方が有益なことが多いと実感しています。正式な回答よりも、「そういえば…でした」という感情と表情を聞けたときの方がヒント満載なのです。
そして、このお客様の言葉が「フルオープン蓋」と「泡立ち缶胴」という過去に開発されながらも使い道がなくお蔵入りになっていた技術との融合を生み出しました。
フォロワーを多く持つインフルエンサーたちも含め、2,000人前後の人たちに発売前に試飲してもらいました。100人、200人ではなく2,000人。「えっ、そこまでやる?」くらいがちょうどいいと考えます。実は、味自体は従来のスーパードライとなんら変わらないのです。味もさることながら「泡立つ体験」がメインの試飲です。「スーパードライ生ジョッキ缶」は、百発百中で自然発泡するとは限らないため、うまくできた動画だけでなく、急激に溢れたとか、全然泡来ないとか、両手で包んだらじわじわ泡が来たとか失敗体験も含めて動画や画像を添えた投稿があがっていきました。
映画でいう先行試写会のように、発売前に試飲する機会を得た幸運な先行組が、画像や動画とともに「生ジョッキ缶」の体験談を次々に投稿しました。消費者にとっては、その危うさ、不確実さも含めて体験価値になったということです。“モノ” の所有より体験やつながりといった“コト” を重視する若い世代には、期せずしてスーパードライブランドが打ち出した新機軸がピタッとはまったということになります。
コンビニエンスストアで4月6日に先行発売を開始すると、想定を超える販売量に生産が追いつかず、発売2日後の4月8日に出荷一時停止となりました。品切れによるバズらせ商法なのかという意見もありますが、これは完全に想定を超えた反響だったのでしょう。コンビニエンスストアでも1人1缶という手書きの注意書きも出ていましたね。4月20日にスーパーなどの全業態で販売を開始しましたが、翌21日には再び出荷停止となります。これはもう少し考えたほうが良かったですね。4月の販売分の98万ケースが売り切れたとのことです。「どこに行ったら買えるんだ?」という投稿もたくさん見ました。6月15日からの再販売は30万ケースに数量を限定、7月以降は7月13日、8月3日、9月7日に数量を限定して売り出しています。「体験したい」というニーズをつかんだのはすごいことですね。2023年12月末時点で、5億本を突破し、カテゴリーの成長を牽引する存在となっています。現在は、飲み続けている人、仲間が集まるときには買ってしまう人などが中心かもしれませんし、コロナ禍があけて、外食も増えていることもあり、どの小売りでも買うことができます。生産体制も強化されたのかもしれません。
店頭景品として「生ジョッキハンドル」なるものを展開しました。缶にハンドルをくっつけて、生ビールを飲むジョッキを想起させる遊びですね。そして、プレミアムビールの「アサヒ食彩」も同じ技術を使って発売。さらには、開けるとレモンが浮かび上がってくるレモンの味わいや香りを五感で体験できる「未来のレモンサワー」も同じ技術で発売されました。お客様が、居酒屋の生ビールの感覚を味わいたいなら、泡を出そう、ハンドルもつけちゃえと、デプスインタビューから得た確信のようなヒントがあるからこそ、つまりお客様の顔が浮かんでいるからこそ、次々にアイデアが出てくるのだと思います。そして命をもらった技術も、技術から入るのではなくてお客様のためにできないかという思いを持った瞬間に生かされたのだと思います。まさにマーケティングと技術のかけ算が成立しました。
きっかけとなったデプスインタビューにより、コロナ禍の環境も含めたお客様のニーズを引き出せたことにより、ターゲット像が明確になり、20~30代の層をターゲットにした「体験価値」をシェアさせることを主眼にしたアイデアが、眠っていた技術との掛け算で実現できたということになります。大事なのは「お客様を知る」こと。
そしてお客様のニーズをステキなストーリーでモノではなくコトとして展開してあげること。さらにそのストーリーを作り手も楽しんで仕掛けること。ビールを飲んで暑い夏を乗り切りましょう!
ヘヴィメタル、プロレス、モータースポーツをこよなく愛するマーケター。
常に、カスタマー(お客様)の心を揺らし、「ステキ」創りをストーリーをもって実現することで成功に導く活動をしてい...
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