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Logo Markなにか創るとうれしくて自分が他者とは明らかに異なって明確に選別できる自分である状態…についてのお話

紫水勇太郎・清水 豊

株式会社4DT 代表取締役
株式会社ワークス 代表取締役
Spinart運営者


1966年、栃木県生まれ。

株...

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 久しぶりに自分が書いた過去の記事を読みなおしてみたりしたんですよ…まぁ、正直そんなこと滅多にしないんですけど;;; そしたら、以前書いた「僕が僕であるために〜アーティストのオリジナリティとは」の最後で、「「自分が、他者とは明らかに異なって明確に選別できる自分である状態は本当に必要か?」についてはまたいずれ」なんてしれっと描いてあって、しかもそれをそのまま忘れていたことに気がつきまして、改めて書いておこうかなと思った次第。
僕が僕であるために〜アーティストのオリジナリティとは

「自分が、他者とは明らかに異なって明確に選別できる自分である状態は本当に必要か?」
 そんなのいらねぇよという声も聞こえてきそうです。そうなんです。純粋になにかを作るという行為において、実はこれ、絶対に必要ということではないと思うんですよ。だって、作るという行為においては単純に、自分が作りたいものを作ればいいと思うので、それが誰かの既存作品に似てようが知ったことではないんです。ホント、好きにすればいいと思います。
 しかしこれが、その作品によって世間に見せていくということになると話はちょっと変わってくるかなぁと思うんです。

 分かりやすいので音楽を例にしますね。それもロックバンドを例にしましょうか。
 世の中にはロックバンドがもうそれこそ星の数ほどありますね。で、その楽器編成も大抵は似通っているものです。歌う人がいて、楽曲の中心はギターが担っていて、で、実は肝心のところはキーボードやベースが握っていて、ドラムはうるさい…みたいな、バンドが多いんじゃないかな。しかしそんな中でみんな、自分のオリジナル作品を作って発信し、それを聞いてくれた誰かになにかを伝える、または残していきたいな、なんてことをしているんじゃないかと思うわけです。
 でね、この作品が、
「なんか〇〇っぽいよね。」
となった場合、その作品またはバンドが聞いてくれた人の記憶の中で重要なものとして残っていく可能性は高いのかって話かなと。
 まぁ、「〇〇っぽい」けどその「〇〇」よりすごいとか、「〇〇っぽい」けどその「〇〇」とはまた違った別の魅力があるということならいいと思うんですけど、単に「〇〇っぽく」て、それも「〇〇」より劣っているとなれば、それはもうただの粗悪模造品って感じになっちゃいません?…って感じです。
 これが完全にコピー・バンドって話ならいいんですけどね。それはそれでそのコピー元の熱狂的なファンだってことで別のマーケットが生まれそうですし、同じファンからの共感も得られると思いますけど、それはもちろんオリジナルではないので、作り手とは別のジャンルの表現ってことかなと思いますから、ここではちょっと切り分けましょう。

 つまり、自分がなにかを作るだけではなくて、それを他者に見てもらうまたは聞いてもらう等したいと思い、さらにそこからある評価を得たいと思った場合に、この「自分が、他者とは明らかに異なって明確に選別できる自分である状態」が必要になるということかなと思うという次第です。

 いやね、こんなことを書きながらもね、頭の片隅には、んなこと気にしないで好きなこと創ってりゃいいのよ〜と言いたくなる気持ちがちょっとあったりするんですよ。ベストはきっと、そういやって好きなことを創っていたらそれが磨かれていって、いつしか本当に自分オリジナルなものになっていく、みたいなね、そんなのがきっと本当は一番いいんだろうなぁと。そんな気持ちはあるんだけれども、きっとそれだとなかなかうまくいかないように思えてしまったりもして(まぁそれができる人はもう最初からその感覚がある人ってことかなと)、結果、こういうことを考えたりすると、もう少し早く、自分独自のものにたどり着くということになるんじゃないかなと思うということなんです。
 だから、もし「自分が、他者とは明らかに異なって明確に選別できる自分である状態」なんてことを考えることなく、自然とそれができている人には不要なことで、逆にそれができない人にとっては、これを考えることで、より早く自分だけの特徴というものを作っていくことができるようになる、一つの方法なんだと考えていくとスッキリするかもしれませんね。

 どうやったらできるかって?…まぁやり方はいろいろあると思いますけど、例えば簡単な方法としてこんなやり方はどうでしょう。
 引き続きロックバンドを例にしますね。
 例えばDeep Purpleが大好きで、そういう系統のオリジナルばかりを創って演奏しているバンドがあるとします。その時点では、自分達らしさなんて考えてません(この例の「Deep Purple」のところやこの後に出てくる人名等々は、みなさん、自分の好きな方に置き換えながら読んでくださいねw)。
 しかし演奏しているのはイアン・ギランでもなければリッチー・ブラックモアでも、ジョン・ロードでも、イアン・ペイスでも、ロジャー・グローバーでもない自分たちなんです。もうこの時点で本家とはきっと違う部分が出てきてますよね。単にコピーしてるんじゃなくて、その系統のオリジナルを作ってるわけだから、その際に、「Deep Purpleっぽさ」を出すために採用している手法があるはずで、その手法は、おそらくそれを抜き出した時点で、本家とは違ったニュアンスのものになっている可能性が高いのではないかということなんですけどね。
 しかも、バンドだとすればメンバーが数人いるわけで、そのメンバーそれぞれが考えているDeep Purpleの好きなポイントもきっと同じじゃないでしょ。おそらくズレがある。それも多分本家との違いになってますよね。
 もっと言えば、それぞれDeep Purpleだけが好きってことでもないでしょということもありますよね。リッチーが好きでも、それ以外のギタリストの影響もあるだろうし、ヴォーカルなんて下手すりゃ、イアン・ギランもディヴィッド・カヴァデイルも一緒くたに好きかもしれません。
 そうなったらそういう要素もミックスされますよね。するとやはりそこでさらに違う部分が出てくるわけです。
 つまり結局は、同じようにやろうとしたところで、どこかしらけっこう違うものにはなるということなんですよね。
 ただこの例と、「自分が、他者とは明らかに異なって明確に選別できる自分である状態」を作ろうとしていることとの違いは、その違っている部分について考えて自覚しているかということで、さらに、その違う部分からまた別の押しポイントを作ろうとしているかということになります。
 ということで整理するとこんなやり方になります。
 1. 自分はどんなものが好きでそれっぽいものが作りたいのか考えてみる。
 2. 作ってみる。
 3. その自分が作ったものと本家との違いを考えてみる。
 4. その違いが魅力になりそうなら増幅してみる。
 5. ならなそうなら「3」に戻って別の違いを考えてみる。
 …なんて感じかな。まぁまぁ、やり方はこれに限りませんが、単純にできる一つの手法ということで。

 ということで、なにかを作って表現しているみなさん。そしてそれを他者に見て(聞いて)等してもらって反応が欲しいと思うみなさん。せっかくだから考えていきましょう。その過程で自分の強みも分かったりして、けっこういいことが多いと思いますよ。

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※ちなみに写真は栃木県那須塩原市にあるアンティーク雑貨屋さん「Antique LIVES」さんの店先に光っていたイルミネーション。
※使用カメラ&レンズ:Canon EOS 6D + EF24-70mm F2.8L II USM

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