[ Spinart(スピナート) ] - あらゆる表現者・アーティストと出逢えるサイト

Logo Mark連載記事

Logo Mark脳内伝言板美しい道具たち 1

白砂勝敏(Shirasuna Katsutoshi)

静岡県出身、造形家/演奏家。
農業高校造園科卒業、美術音楽共に独学。
美術家、演奏家、パーカッション、ディジュリドゥ、ムビラ奏者。

20代前半人...

続きを読む

道具 工具 何とも言えない魅力を感じる。
私の所有する道具の数を数えた事は無いが、よく使う物、ほとんど使わない物、直さないと使えない物を含めると多分数千はあるだろう、凄い数だ。
驚く事にそのほとんどが貰い物。便利なものが増え、時間や労力を考えると作ったり直したりするよりも新しい物を買った方が、どう考えても良い時代。
当然道具は不要になる。不要になった道具はザビついていく。比例するように道具を使う技術も失われていく。良いか悪いかは別として。

最近ノミについて考てみる事があった。ノミの刃の部分は鍛冶屋さんが鋼と鉄を高温で熱して合わせて打ち、成型される。この時点で鉄や鋼を作る匠たち、そしてそれを成型する匠たちが、最終的に「良いものを創る」ために己のセンスとプライドをかけて行われた事が伝わってくる。そして出来上がった刃物を柄に据える。これはノミの柄に入れ込む方を熱して柄を焼きながら差し込んでいく。柄にする木材の種類によっても微妙に変わる。入れ方が硬すぎれば叩いたときに木が割れてしまうしブカブカだと使い物にならない。また角度も真っすぐ据えなければ使いにくいノミになってしまう。良く見かけるノミの柄は樫の木だが黒檀や紫檀などの高級な樹を使っている物も時々ある。その刃物へかける思いがそういう所からも伝わってくる。そうやって出来上がったものがようやく大工さんなどの手に渡る。道具と使う人が出逢う。そういった経緯を経てようやく家等が出来ていくのだから、魅力を感じずにはいられない。「機能美」と一言でかたずけるには申し訳ないくらい、魅力的であり日本人の感性を感じる。私はそうい物に触れるたびに身が引き締まる思いになる。言葉では言い表せない何か大切なものが伝わってくる。

いつの頃からか私の所へ、工具や道具や様々な素材が集まってくるようになっていた。
木材だったり、サッシやガラス、鏡、金属等どれも数日中に取りに来れなければ産業廃棄物になってしまう様なことが多いい。その時偶々自分が取りに行く事が出来たり、保管場所の確保が可能な物のみに限られてしまうがそれでも結構な数の物がやってくる。それらは、声をかけてくれる知り合いやタイミング等、振り返ればみんなそれなりに縁があって集まってきている事を感じずにはいられない物ばかりである。

今年の2月に開催した個展「atelier SHIRASUNA展」にお越しいただいた方(初めてお会いした方)が展覧会後に再度来訪された。昔おじいさんが宮大工だったらしく今では倉庫の隅に追いやられていた道具を持ってきてくれた。もし使えるようでしたら使ってくださいと…。道具として直して使うもの、アート作品として生まれかわるもの、どうなるかはわからないが、今後何かに生まれ変わる事が出来ればいいなぁと思っている。
そういう感じで色々なものが集まってくる。
使い道が無くなりゴミに出すしかなくなってしまうのだが、ゴミに出すには何処か勿体ない。だからって売れるわけではない。時代の移り変わりを感じる。

不要になったノミやカンナ等の刃物。刃こぼれや錆は当たり前。木工用の刃物として使えそうなものは錆びを落とし研ぎ直す。必要に応じて細く薄くしたり、特別な形に作り変えれるので重宝している。一様にノミと言っても幅や厚み長さと様々だ。使う場所、使い道が往々にして違う。無理に使うと道具が壊れたり、上手く作業できない。良い仕事をするには良い道具のチョイスが必要不可欠なんだと思う。作業中、つい面倒がって適切な道具に持ち変えずそのままの道具で推し進めたくなる事があるのだが、それがミスや怪我のもとだと体感でわかるまでには多くのミスをしてきたなぁ。

美しい道具たち 2へつづく

この記事への感想はこちらへどうぞ

この記事への感想を送る


白砂勝敏(Shirasuna Katsutoshi)

静岡県出身、造形家/演奏家。
農業高校造園科卒業、美術音楽共に独学。
美術家、演奏家、パーカッション、ディジュリドゥ、ムビラ奏者。

20代前半人...

続きを読む