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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)5. 薫(1)

スピナート文芸部

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「えっと…こちらが耕平くん。稲森耕平。」
 紹介されてぎこちなく少しだけ頭を下げる。
「で、こっちがその彼女で笹原薫。」
「そしてこちらが向井くん。向井…。」
「翔太です。」
 目の前の男が言葉を発しながら頭を下げた。日曜日のファミレスは客も多く周囲もかなり騒々しい。
「そして私が里奈ちゃんでした。」
 呼び出した本人が最後に自己紹介した。里奈ちゃんは薫の友達。コンピュータの扱いに詳しく、なんでもネットから探し出してくる彼女に薫は頼み事をしていた。僕の知らないうちに。
「だって…なにか手がかりつかまなきゃと思うでしょ?」
 僕にそれを告げるとき、薫はサラッとそう言った。つまり、うちの学校でバンドをやっていて、この辺りの音楽事情に詳しい奴から話を聞き出そうという作戦らしい。あいにく僕にも薫にもそういう友達はいなかったから、そういったわけで情報通と思えた里奈ちゃんなら誰か知っているかもしれないと頼んでおいたのだ。正直言えば僕自身、里奈ちゃんと逢うのもまだ3度目くらい。こうしてちゃんと言葉を交わすのはほぼ初めてと言っていい。だから少し緊張していた。
 目の前の男は同学年で学科違いの向井翔太。学科が違うこともありもちろん今日初めて逢う。かなり細い体格はまさに音楽をやっているという雰囲気で少しカッコいい。ただ、ミュージシャンと言うにはかなり大人しそうな雰囲気だ。
「稲森くんのこと、知ってたよ。」
 いきなり言われて素直に疑問符が浮かぶ。
「文化祭で僕らのバンドの写真撮ってくれてたでしょ。」
 そう言えば実行委員会の斎藤に頼まれて、文化祭の催し物を一通り撮影したことがあった。
「ああ、あの時の…軽音楽部のステージに出てた?」
 そのバンドは確かかなり乗りのいいロックバンドで、撮りながら、けっこううまいな等と思っていたことを思い出す。
「その時ベース弾いてたよ。」
「ああ、そうだった…。」
 しかしベーシストの印象は今一つ思い出せない。でも、ここは適当に言葉を合わせた。彼によれば、その時僕が撮った写真がバンド内で好評で、今でもバンドの宣材写真として使っているのだと言う。彼はバンドのチラシなども作る担当だから、写真を撮った人の名前として僕の名前を聞き出して入れてくれているのだそうで、だから僕のことを覚えていたのだと言った。
「そっか、ありがと。知らなかったな。」
 その後しばらく、その時使用していた一眼レフカメラは自分の物かとか、ああいう写真が撮れるということはセンスがあるとか、当初の大人しそうな印象とは裏腹に彼は話し続けた。その意外に人なつこそうな話口調に少しホッとする。
「で、向井くんに聞きたいことがあったんでしょ?」
 そのやりとりをニヤニヤしながら見ていた里奈ちゃんが割って入った。
「ちゃんとその話をしなきゃね。」
 変わらずニヤニヤしながら今度は薫の方に目で合図する。薫が少し頷いた。
「向井くん、沢井賢司って人、知ってる?」
 薫が言いながら僕のiPhoneに入っている写真を見せた。
「この人なんだけど。」
 向井はそれを覗き込み、少し間を開けた。
「うん?…ああ…、何度かライブハウスで見たことあるなぁ。確か、リアラーシュタインのギターだったと思う。」
「リアラーシュタイン?」
 僕と薫がほぼ同時に聞き返す。それに彼が言葉をつなげる。
「あ、リアラーシュタインってバンドね。けっこうハードなバンドで、なんか、変な曲が多くてあまり好きじゃなかったけど。」
 なんでも、向井たちのバンドが出ているライブハウスではかなり重要なバンドらしく、ライブハウスの入口に大きな写真のパネルがかかっていて、向井も、ライブハウスの店員に勧められて聞いたのだと言う。
「なんか普通じゃない曲調の曲ばっかだし、歌詞は意味分かんないし、その上変拍子が多くて、こりゃあ自分たちのやりたいのじゃないなと思ったよ。ああいうの、プログレって言うのかもね。」
 僕には向井の言うプログレの意味が分からない。
「これは知ってる?」
 薫が僕のiPhoneから沢井賢司のアルバムジャケットを見せた。向井はまた覗き込む。
「ああ、確かバンド辞めてから出したアルバムじゃないかな。俺は聞いてないけど。うちのメンバーが言うにはけっこう聞きやすくなったって言ってたなぁ…。」
「てことはもう脱退したってこと?」
 僕の問いに彼は不思議なほど明確に答える。リアラーシュタインはもうだいぶ前に解散して、その後沢井賢司はソロアルバムを出したりアコースティック・ユニットのアルバムを出したりしていたそうだ。
「直に見たことはあるの?」
 今度は里奈ちゃんが聞く。
「ソロになってから? あ〜1回だけ、このあたりのミュージシャンだけでやったイベントで一緒だったなぁ。」
 思わず僕は薫とうなずき合う。
「それっていつ頃?」
「どこで?」
「どんな感じだった?」
 ついつい矢継ぎ早になった僕たちの質問に向井が苦笑する。
「去年…だね。ほら、駅前の広場でけっこうでかいイベントやったでしょ。朝から晩まで20個くらいのバンドが出てさ。その時うちのバンドも出てて、沢井賢司は確か…なんだっけな?…難しい漢字熟語のユニット名で出てたよ。アコースティック・ユニットだった。それがすんごいバカでかい声でさ、うちのヴォーカルがビビってたもん。」
「その時話した?」
 思わず彼の話を遮るように次の質問をぶつける。
「あ…ああ、その後の打ち上げで挨拶はしたなぁ。」
 彼の印象としては、ものすごく年上のはずなのに腰の低い人だったと言う。
「うちらみたいなガキのバンドにもちゃんと挨拶してくれてさ。うちのヴォーカルがいろいろ話しかけてたっけ。」
「このあたりのミュージシャンだけってことは、その沢井さんもこの辺に住んでるの?」
 薫が聞く。そう、それが聞きたかった。
「あ、確か地元だよ。このすぐ近くに住んでるんじゃなかったかな?」
「場所分かる?」
 すぐに僕が被せる。それに対し向井はまたやや苦笑しながらさすがにそこまでは知らないと答えた。しかし、リハーサルはこの辺のスタジオでやっているはずだし、ライブも地元のライブハウスやカフェでやっていることが多いはずだと教えてくれた。それを聞きながら、ライブの情報ならFacebookで見られるなと思う。
「そういえば、地元のコミュニティFMで番組持ってるんじゃないかな。」
「え? なにそれ?」
 今度は薫と里奈ちゃんが同時に聞き返す。
「あ、知らない? だよね。普通聞かないもんね。」


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父
5. 薫(1)
5. 薫(2)

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