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Logo Mark連載小説・空虚な石(仮)6. 里奈(2)

スピナート文芸部

アーティストを支援するサイト「Spinart(スピナート)」が、小説系の文筆を志す方のコンテンツを、トライアル的に展開するのがこの「文芸部」。
まずはこちらで連載開始し、いずれここ...

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「ねぇねぇ、こんな格好で良かった?」
「なによそれ。」
 薫の言葉に里奈ちゃんが笑う。薫としては、ミュージシャンが集まるスタジオやライブハウスに行くにあたり、自分なりに精一杯ロックらしい格好を選んできたということらしい。確かに言われてみればあまり着ているのを目にしたことのない服だ。赤いチェックの膝上スカートに黒いニーハイ。首には、普段まずつけないペンダントを二つもぶら下げている。
「そんな服持ってたっけ?」
「妹の借りてきた。」
 そんなやり取りを向井が笑う。
「そんなの気にしなくて大丈夫だよ。制服で来る奴もいるしジャージで来る奴もいる。むしろ、スタジオに決めてくる奴なんていないって。あ…ライブハウスの方はみんなそれなりの格好してくるね。でもいろんなのがいるから大丈夫だよ。」
 1軒目はここだと言って連れてこられたスタジオは、周囲にバーやスナックの看板が密集するいかにもいかがわしいと思える場所の汚いビルだった。
「やっぱヤバイとこじゃん…。」
 つぶやいた僕にまた向井が笑う。
「ただの飲み屋だって。大丈夫大丈夫。」
 狭い階段を昇る。すると2階に広いスペースがあり、いくつかのテーブルと椅子、そして奥にカウンターがあった。スペースの床から壁はすべて黒で統一されている。壁にはなにやら音楽系のポスターやチラシが所狭しと貼られ、カウンター周辺にはコード類、なにに使うのか分からない小さな機械がいくつも並べられていた。さっきから低音がグオングオンと響いている。
「あれ? おはようございます。今日は個人練習?」
 店員と思われる若い女性が向井に気安げに話しかける。
「あ、いや今日は練習じゃなくて、ちょっと聞きたいことがあって。」
 向井の言葉にその店員は手を止めて向井に注目した。
「あの…沢井さんって知ってます? 沢井賢司さん。元リアラーシュタインの。」
「知ってるよ。」
 店員は即答。
「沢井さんてここ、来ます?」
「ああ、そういえば最近来ないねぇ。バンド解散した後に作ったアコースティックの…なんてったっけ?…あのユニットの練習もうちでやってたんだけどねぇ。そういえばしばらく来てないなぁ。…沢井さんがどした?」
「いや、ちょっと逢って話したいことがあって。」
「向井くんが?」
「まぁ…はい…。ちょっと聞きたいことがあって。」
 向井はうまく誤魔化しながら話を進めてくれる。この辺、頭の回転の速さを感じる。
「連絡先とか、どこに住んでるとか、分かります?」
 この問いに店員が少しニヤリと笑った。
「一応ねぇ、そういうのは教えられないんだけどねぇ。」
「ダメすか。」
「一応ねぇ…個人情報なんとかに引っかかるでしょ。」
 なるほど、一応そういうことはちゃんとしているらしい。
「こっちから連絡しておこうか?」
 お姉さんはいい人らしく、それでも別の案を出してくれる。しかし向井がすごいのはそこからだった。
「いやぁ…ちょっと頼み事なんで…できれば直接行って話したいなと思って…それに僕、正味1回しか話したことないから、きっと電話とかしても、おまえ誰?って感じになっちゃうと思いますし…。どの辺かくらいでいいんで教えてもらえませんか?」
 言われてお姉さんがまたニヤリと笑う。そしてチラリと僕たちを見た。
「じゃあねぇ…そだな…さすがに住所までは教えられないけど、住んでるのは公園の南側のすぐのところだよ。あとね、フラミンゴっていうBarに行くと、けっこうな確率で逢えると思うよ…あ、でも高校生か。さすがに入るのは無理かもねぇ。」
 言いながらお姉さんはさらにいたずらっぽく笑う。しかしその言葉は重要な情報だった。僕は薫と顔を見合わせ、あの時追いかけた黒い人が、恐らく間違いなく沢井賢司その人だっただろうという思いを強くしうなずき合った。
 スタジオを出る。住所が聞き出せなかったことで向井は僕たちに謝ったが僕たちとしては充分だった。それにもう、残る2軒のスタジオに行く必要もない。沢井賢司はここでリハーサルをしていた。これも確定したのだ。
「じゃあライブハウスの方に行くか…あ、でもまだ多分開いてないなぁ。」
 向井の言葉にiPhoneの時計を見る。時刻はまだ昼を少し回ったところだ。
「飯でも食うか。もう少ししたら誰か来ると思うから。」
 言われるがまま、向井がよく行くというカレー屋に向かうことになった。


連載小説「空虚な石(仮)」をまとめて読む
1. 母
2. 黒い人
3. 叔母
4. 父
5. 薫
6. 里奈(1)
6. 里奈(2)

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