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Logo Mark脳内伝言板地図のない旅 (3)

白砂勝敏(Shirasuna Katsutoshi)

1973年生まれ 静岡県出身 造形家/演奏家 農業高校造園科卒業 美術音楽共に独学。
パーカッション ディジュリドゥ奏者。

二十代前半人生は一度きりだと腹をくく...

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与那国島を出て八重山巡り九州、四国へ。

九州は広いなぁ〜って事でヒッチハイカーになる事に。
といっても行先が有るわけではないし、
こんな怪しい見てくれの自分を沖縄ならともかく本州でも乗せてくれる車はあるのだろうか?

ただ道に立っているのも面白くないし…。
いい事を思いついた。

スケッチブックに「のせて」と大きく書いてバックパックにくくりつけてブラブラと歩いてみた。
すると大抵一時間位歩いていると止まってくれる車があった。
当然止まってくれた車の方は何処まで行くのかと尋ねられる。

車  「どこまで行くの?」
自分 「どこまででも」
車  「えっ」
自分 「運転手さんの行く先のどっか途中でおろしてください」

っとこんな感じで…。
これが結構楽しかった。
運転手さんも会話をしながら多分色々考えてくれて面白そうな場所へ降ろしてくれる。

元々行きたいところがなくただ色々な人に逢ってみたいと思っている自分にはこれがとても楽しかった。毎日毎日思いも知れない方々と出逢う。年齢も価値観もみな違う。
印象的な言葉をくれる人もいる。そもそも自分の場合旅をしている時点で社会とか人間関係とか腑に落ちないことだらけでこの頃は色んな事を思い悩んでいた。

そんな中、出逢った人達との会話の中で時おり腑に落ちる事がある。なんかモヤモヤしていた霧が一瞬で晴れるような。
そんな出逢いや経験に飢えていたんだと思う。(今もそうだが)

車に乗せていただいた年配のご夫婦がいっていた。日本は定年退職後に旅をする人が多いが若い時に色々なものを見ることが大切だと。例えば年取ってから見る富士山と若い感性で見る富士山は違うんだと言っていた。どちらがいいか比べる事は出来ないが、それでも当時、言いたい事はなんとなく理解できた。

今考えると何というか出逢った方々皆さん普段はあまり人に話すことないような人生観みたいなものを話してくれることが多かった。
そういうものは確実に今の自分の糧になっている。

色々な人がいた。
一人の年配の女性の車に載せて貰った時に、うちの隣の家の自転車屋さん面白いから行かないかと言われ、自転車屋さんへ行く事に。
おばさんと共に自転車屋さんに着いたのだがお店は開いているが誰もいない。

するとおばさんは私用があるから帰るね、
そこ上がって待ってればそのうち誰か来るからと言い残し帰ってしまった。

知らないお宅に勝手に上がり込み一人きり…。
流石にまいったな〜と思っていると、
強面のおじさんが帰ってきて一言。

「なんだお前」

カクカクしかじかと経緯を話していると続々と家族やお客さんが現れる。
自転車好きが集まるお店みたいで皆家族付き合いしている間柄の人情味あふれる人々。

自転車屋の奥様も野宿している人見つけるとかわいそうになってうちに泊まりなと時々見ず知らずな人を連れてくるのだそう。

驚いたことにその数年後沖縄で出会った女性がなんとなく気になる話をしたので詳しく聞いてみるとバス停で野宿していたらおばさんがやってきて、何とその自転車屋さんに泊めて貰ったという。
世の中狭いのか広いのか。縁みたいな物を強く感じた出来事でした。

自転車屋さんでは毎晩お客さんが集まり麻雀をしながら自転車の話をしていた。
麻雀の面子合わせにちょうど良かったのと 麻雀なんて久しぶりでしたが、
自分の打ちまわしが新鮮だったみたいで、面白がってくれたのもあり昼間忙しそうな時は自転車屋さん手伝ったりと結局一週間以上過ごしてしまいました。

数年後また近くを通りかかったので挨拶しながら沖縄で出会った女性の事を報告していこうと寄った時も、来週皆で磯釣り行くから一緒に行こうと誘われまたもや一週間以上お世話になりました。

何というか奇跡的な出逢いみたいな物を紡いでいくことが生きるってことなんだろうなとこれを書きながら思考する。
偶然と思う事も総て自分の決断の先にあるのだからそれはもう必然なのかもしれない。
どちらに進むのか止まるのか戻るのかそれとも飛んでみるか。
生きるって常に決断の連続なんだから。
何が正解かなんてわからないけれど、一つ言えるとしたら、どんな時も置かれた状況を受け入れ前向きに捉え楽しめたなら人生は豊かだろう。そんな風に生きたいと思っている。


BRAIN I 「キノウミタリュウ」より

【碧い石】

とってつけたようなものが散乱する世の中で
幼いころ自分は生きていることが当たり前のように感じていた

絡み合いながら広がる出来過ぎた世界
自分が消滅した後も続く時間
始まりと終わりが輪になって襲いかかる
戦うことと生きることを一緒にして
無駄な怒りを振りまいていた日々

いつしか青い鳥は幻想なのだと気付いた時
目前の山に昇る事の意味を受け入れた

先人より譲りうけた碧い石をいつか来るであろう出逢いに備え
今日も磨き続けてる

  

        白砂勝敏

【救世種】

2012制作 くるみ 銅 ガラス ヒマラヤ水晶

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白砂勝敏(Shirasuna Katsutoshi)

1973年生まれ 静岡県出身 造形家/演奏家 農業高校造園科卒業 美術音楽共に独学。
パーカッション ディジュリドゥ奏者。

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